2026年1月1日に施行された取適法(中小受託取引適正化法、旧・下請法)は、事業者どうしの取引を規制する法律で、受注側には個人事業主も含まれます。 SESの商流では、元請とBP、BPと下位のBP、BPと個人のエンジニアのあいだの取引が当たりえます。ただし、従業員を使わない個人のエンジニアにはフリーランス法もかかり、両方に当たる行為は、原則としてフリーランス法が優先して適用されます。取適法が定める「支払期日は役務の提供を受けた日から60日以内」「取引条件は書面(電磁的方法を含む)で明示」「協議に応じない一方的な代金決定は禁止」の3点は、契約の条件を通じて、エンジニアの支払や単価の話し合いにも関わってきます。
私はSES会社を経営していて、個人事業主のエンジニアに業務を委託する発注側の立場にいます。この記事は自社の運用の話ではなく、公正取引委員会と中小企業庁の資料にもとづいて、法律の中身と、エンジニアが自分の契約で確認できる点を整理したものです。BPは「ビジネスパートナー」の略で、SESの商流で下位に入って案件を受ける協力会社を指します。
立場によって、関係する法律は次のように分かれます。
| あなたの立場 | 直接関係しやすい法律 | 取適法との関係 |
|---|
| SES会社の正社員 | 労働基準法などの労働法 | 雇用契約は事業者間の取引ではないため、取適法の対象外。会社の入金や単価の条件を通じて間接的に関わる |
| BP契約の個人事業主・一人法人 | フリーランス法 | 発注側が取適法の基準を満たせば、取適法の対象にもなりうる。両方に当たる行為は原則フリーランス法が優先 |
| 従業員を雇うBP企業 | 取適法 | 元請に対しては受注側、個人や下位のBPに対しては発注側になりうる |
この記事でわかること:
- 取適法で何が変わったか(施行日、適用基準、新しい禁止行為)
- SESの商流のどの取引に取適法が当たりうるか
- エンジニア個人に関係する3点(支払期日、書面、単価)
- BP企業に関係する点
- フリーランス法との違い
- 自分の契約で確認することと、所属会社やBPへの質問
取適法とは|下請法から何が変わったか
取適法は、下請法(下請代金支払遅延等防止法)を改正して、2026年1月1日に施行された法律です。正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」で、「中小受託取引適正化法」や「取適法」と呼ばれます(公正取引委員会 取適法)。
発注する側を「委託事業者」、受ける側を「中小受託事業者」と呼びます。旧法の「親事業者」「下請事業者」に当たる言葉です。委託事業者には、発注内容の明示、取引書類の作成・保存、支払期日の設定、遅延利息の支払という4つの義務があり、禁止行為は11項目あります(公正取引委員会 取適法の概要)。
SESに関わる主な変更点は次のとおりです。
- 適用基準に従業員数が加わった:これまでの資本金基準に加えて、常時使用する従業員の数が基準になりました。資本金か従業員数のどちらかが基準を満たせば対象です(政府広報オンライン)
- 協議に応じない一方的な代金決定が禁止された:中小受託事業者が代金の協議を求めたのに、応じない、または必要な説明をしないまま、一方的に代金を決めることが禁止されました(取適法第5条第2項第4号。公正取引委員会 運用基準)
- 手形払いなどが禁止された:公正取引委員会の資料では、手形での支払は支払遅延に当たり、支払期日までに代金の満額に相当する現金を得ることが難しい電子記録債権やファクタリングなども、禁止の対象とされています(取適法の注意ポイント 代金編)
- 発注内容の明示を電子メールなどでできる:公正取引委員会の資料では、書面に代えて電磁的方法で明示することが、相手の承諾がなくても可能になったとされています(取適法の概要)。明示の義務そのものは続いています
このほか、荷主から運送事業者への委託(特定運送委託)が対象に加わりましたが、SESには関係しません。
SESの商流のどこに取適法が当たるか
SESの商流は、次のように並ぶのが典型です。
エンド企業 → 元請(SIerなど) → BP(SES会社) → エンジニア(BPの社員、または個人事業主)
矢印ひとつずつが、別々の契約です。取適法は、矢印ごとに「発注側と受注側の規模」と「取引の種類」を見て、当たるかどうかを決めます。商流全体に一括でかかる法律ではありません。商流の全体像はSES商流とはで整理しています。
取引の種類:SESは「役務提供委託」に当たるかが論点
取適法の対象は、製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託、特定運送委託の5つです。SESの準委任契約で、エンジニアが業務を行う役務を提供してもらう取引は、このうち役務提供委託に当たるかが論点になります。
条文上、役務提供委託は、事業者が業として他者に提供する役務を、別の事業者に委託する取引です。元請が自社の顧客に提供しているSESの役務を、BPに再委託する形は、これに当たりえます。一方、発注元の企業が自社で使うために直接頼む場合は、「他者に提供する役務」の委託ではないため、当たらないことがあります。ソフトウェアの開発を成果物として頼む場合は、情報成果物作成委託として別に考えます。
どれに当たるかは、契約書の名前ではなく、実際に何を頼んでいるかで決まります。私が公正取引委員会や中小企業庁の資料で確認できたのは、取引の類型ごとの整理までで、「SES」という言葉で当たる・当たらないを整理した箇所ではありません。判断が分かれる取引は、専門家や公的な相談窓口で確かめてください。
規模の基準:資本金か従業員数
発注側と受注側の規模は、取引の種類によって、次の2つの区分で見ます。「第1区分」「第2区分」は、わかりやすさのためにこの記事でつけた呼び名です(政府広報オンライン、公正取引委員会のリーフレット)。
| 区分 | 取引の種類 | 発注側(委託事業者) | 受注側(中小受託事業者) |
|---|
| 第1区分 | 製造委託、修理委託、特定運送委託、情報成果物作成委託のうちプログラムの作成、役務提供委託のうち運送・倉庫保管・情報処理 | 資本金3億円超 | 資本金3億円以下(個人を含む) |
| | 資本金1,000万円超3億円以下 | 資本金1,000万円以下(個人を含む) |
| | 従業員300人超 | 従業員300人以下(個人を含む) |
| 第2区分 | 上記以外の情報成果物作成委託・役務提供委託 | 資本金5,000万円超 | 資本金5,000万円以下(個人を含む) |
| | 資本金1,000万円超5,000万円以下 | 資本金1,000万円以下(個人を含む) |
| | 従業員100人超 | 従業員100人以下(個人を含む) |
資本金か従業員数のどちらかの行が当てはまれば、対象です。相手が個人のエンジニアなら、発注側の資本金が1,000万円を超えるか、常時使用する従業員が100人(取引の種類によっては300人)を超えると、取適法の対象になりうる、というのが目安です。従業員数は、発注をした時点の数で見ると、公正取引委員会のよくある質問は説明しています。
派遣になっていないことも前提です。客先から直接指揮命令を受ける実態があれば、取適法とは別に、派遣や偽装請負の問題になります(SES・派遣・請負の違い)。
エンジニア個人に関係する3点
1. 支払期日:役務の提供を受けた日から60日以内
取適法は、委託事業者に、支払期日を「役務の提供を受けた日から起算して60日以内で、できる限り短い期間内」に定めることを求めています。役務提供委託の起算日は、役務の提供を受けた日です。
SESのように同じ役務が連続して提供される契約では、月単位の締切制度を使えます。締切期間の末日までに提供した役務に対して払うことを、あらかじめ合意して発注の書面に明記している場合は、締切期間の末日に役務の提供を受けたものとして、起算日にできる扱いがあります(公正取引委員会・中小企業庁のテキスト、運用基準)。ただし、締切制度を使っても60日の期限は守る必要があると、公正取引委員会のよくある質問は説明しています。
60日の数え方について、公正取引委員会の中部事務所は、下請法のときから「受領後60日以内」を「受領後2か月以内」として運用し、大の月も小の月も1か月として数えると説明しています(下請法 知っておきたい豆情報)。この数え方を、4月の稼働分に当てはめてみます。
| 支払条件 | 4月分の支払日 | 2か月以内か |
|---|
| 月末締め翌月末払い | 5月31日 | 4月1日に稼働した分でも収まる |
| 月末締め翌々月末払い | 6月30日 | 締切期間の末日(4月30日)を起算日にする合意が書面にあれば収まる。稼働した日が起算日なら、月の途中に稼働した分は超える |
翌々月末払いは、締切期間の末日を起算日にする合意が書面になければ、稼働した日が起算日になり、月の途中の稼働分は2か月を超えるおそれがあります。取適法になってからも同じ数え方かどうかは、公正取引委員会のよくある質問と運用基準で最新の記載を確認してください。
2. 取引条件の書面:単価と支払期日が文字で残る
取適法は、委託事業者が発注するときに、発注の内容、代金の額、支払期日などを、書面または電磁的方法で明示することを求めています。電磁的方法は、電子メールや電子契約でも構いません。
SESでは、契約書や注文書がなく、メールやチャットで条件が決まることがあります。電磁的方法でも足りるので、紙の契約書である必要はありません。大事なのは、単価、精算の条件、業務の内容、支払期日が、あとから見返せる形で残っていることです。条件が食い違ったとき、文字で残っていれば確認の根拠になります。
3. 単価の話し合い:一方的に決められない
単価について、取適法には2つの定めがあります。
1つ目は、協議に応じない一方的な代金決定の禁止です。費用の変動などの事情があって、中小受託事業者が代金の協議を求めたのに、委託事業者が協議に応じない、または必要な説明をしないまま、一方的に代金を決め、中小受託事業者の利益を不当に害することが禁止されています(政府広報オンライン)。
2つ目は、買いたたきと減額の禁止です。通常支払われる対価に比べて著しく低い代金を不当に定めることや、受注側に責任がないのに、発注時に決めた代金を減らすことは、禁止行為に入っています(公正取引委員会 取適法の概要)。
注意したいのは、取適法は単価を上げる義務を課す法律ではないことです。守られるのは、話し合いの手続きと、不当に低い代金や後からの減額です。「取適法ができたので単価を上げてほしい」と言えば自動的に上がる、というものではありません。値下げを打診されたときの数字の出し方と返信の文例はインボイス経過措置70%の記事に、単価交渉の進め方はSES単価交渉術にまとめています。
BP企業に関係する点
BP企業は、取引の両側に立ちます。元請から案件を受ける側としては中小受託事業者に、個人のエンジニアや下位のBPに再委託する側としては委託事業者になりうるからです。
受注側としては、元請に対して、エンジニア個人の場合と同じことを求められます。発注内容の明示、60日以内の支払、代金の協議、そして手形などによる支払の禁止です。公正取引委員会や中小企業庁に申告したことを理由に、取引を打ち切るなどの不利益な扱いをすることも、禁止行為に入っています。
発注側としては、個人や下位のBPに再委託するとき、自社が取適法の基準を満たしていれば、委託事業者として4つの義務を負います。60日を超えて支払うと、遅延利息(年率14.6%)の支払義務が生じ、代金を不当に減額した場合も、減じた額に応じて遅延利息を支払います(公正取引委員会 リーフレット)。従業員を使わない個人のエンジニアが相手のときは、基準を満たすかどうかにかかわらず、フリーランス法の義務もかかります。
商流の中ほどにいるBPは、元請から入金される日と、下位に支払う日の差が、資金繰りの負担になります。入金より先に支払う形になっていれば、元請との条件の見直しも同時に必要です。BP企業の契約や経理の担当者は、受注側と発注側の両方の契約を並べて、支払期日を確かめておくとよいでしょう。
違反があった場合、公正取引委員会は勧告や公表などの措置をとります。公正取引委員会のサイトには、取適法にもとづく勧告の事例が掲載されています(取適法 違反事件関係)。
フリーランス法との違い
個人事業主や一人法人のエンジニアには、2024年11月1日に施行されたフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)もあります。実務はフリーランス保護法でSES業務委託はどう変わったかに書いています。2つの法律の違いは次のとおりです。
| 項目 | 取適法 | フリーランス法 |
|---|
| 施行日 | 2026年1月1日(下請法を改正) | 2024年11月1日 |
| 守られる側 | 中小受託事業者(資本金か従業員数の基準を満たす受注者。個人を含む) | 特定受託事業者(従業員を使わない個人、または代表者のみの法人) |
| 規制される側 | 委託事業者(資本金か従業員数の基準を満たす発注者) | 業務委託をする事業者全般(義務の範囲は従業員の有無などで変わる) |
| 支払期日 | 役務の提供を受けた日から60日以内 | 給付を受けた日から60日以内(再委託は元の支払期日から30日以内の例外) |
| 取引条件の明示 | 書面または電磁的方法 | 書面または電磁的方法 |
| 単価に関する定め | 協議に応じない一方的な代金決定、買いたたき、減額の禁止 | 買いたたき、報酬の減額の禁止(1か月以上の業務委託) |
大きな違いは、規模の基準です。フリーランス法は発注側の資本金を問いませんが、取適法は発注側の資本金か従業員数が基準を満たさなければ対象になりません。資本金が小さく従業員も少ないSES会社から個人が仕事を受ける場合は、取適法の対象にならず、フリーランス法だけが関わることがあります。
両方に当たる取引では、公正取引委員会は「適用関係等の考え方」で、両法に違反する行為は原則としてフリーランス法を優先して適用し、同じ行為について重ねて取適法にもとづく勧告はしないと整理しています(取適法とフリーランス法の適用関係等の考え方)。発注側は、両法の記載事項を同じ書面や電子メールにまとめて示すことができます(中小企業庁 フリーランス法Q&A)。
自分の契約で確認すること
契約書、注文書、直近の請求と入金の記録を手元に置いて、次の点を確かめてください。
支払の条件
条件の書面
単価の話し合い
所属会社やBPに聞く質問
契約書で確認できないときは、次の質問が使えます。聞くこと自体は、取引を壊すものではありません。
- 契約の支払サイトは何日で、元請からの入金日と連動していますか
- 取適法やフリーランス法を踏まえて、契約書や注文書を見直しましたか。見直した場合は、何が変わりましたか
- 単価を見直すときの窓口と、理由の説明の手順はありますか
- 支払方法は現金(銀行振込)ですか
- 条件を変えるとき、書面やメールで通知されますか
回答は、メールなど文字で残してください。やり取りは、あとで条件を確かめるときの根拠になります。
よくある質問(FAQ)
Q. 正社員のSEにも取適法は関係しますか?
直接は関係しません。取適法は事業者どうしの取引を対象にした法律で、会社と社員の雇用契約は対象外です。給与の支払は労働基準法などの労働法の領域です。ただし、会社が元請から受ける代金の支払期日や単価の条件は、取適法の対象になりえます。その条件が、会社の資金繰りや単価の話し合いを通じて、社員に間接的に関わる場合はあります。
Q. 個人事業主のエンジニアです。取適法とフリーランス法のどちらが適用されますか?
従業員を使っていなければ、フリーランス法の対象になります。そのうえで、発注側が取適法の資本金か従業員数の基準を満たしていれば、取適法の対象にもなりえます。両方に当たる行為は、公正取引委員会の整理では、原則としてフリーランス法が優先して適用されます。従業員を雇っている個人事業主はフリーランス法の対象外で、取適法だけがかかる場合があります。支払期日が役務の提供を受けた日から60日以内という点は、2つの法律で共通です。
Q. 「月末締め翌月末払い」は取適法に違反しますか?
公正取引委員会の中部事務所は、下請法のときから「受領後60日以内」を「受領後2か月以内」として運用し、大の月も小の月も1か月として数えると説明しています。この数え方なら、月末締め翌月末払いは、月初に稼働した分でも2か月以内に収まります。月末締め翌々月末払いは、締切期間の末日を起算日にする合意が発注の書面に明記されていれば収まりえますが、稼働した日が起算日なら、月の途中の稼働分は2か月を超えるおそれがあります。取適法になってからの扱いは、公正取引委員会のよくある質問と運用基準で最新の記載を確認してください。
Q. 取適法ができたので、単価を上げてもらえますか?
取適法は、単価を上げる義務を課す法律ではありません。禁止されているのは、費用の変動などの事情があって協議を求めたのに、応じないまま一方的に代金を決めることなどです。単価を見直したいときは、費用や市場の変化など、見直したい理由を数字で示して協議を求めるのが基本です。協議を求めた日と回答は、メールで残してください。
Q. 取適法に違反されているかもしれないときは、どこに相談できますか?
取適法に関する相談は、公正取引委員会が窓口を設けています(取適法 公正取引委員会)。個人事業主のエンジニアは、厚生労働省の委託で弁護士が無料で相談に応じるフリーランス・トラブル110番も使えます。相談の前に、契約書、注文書、メール、請求書、入金の記録をそろえておくと、話が早く進みます。
まとめ
取適法は、SESの契約を一律に変える法律ではありません。自分の契約のどこが関わるかは、発注側の規模と、取引の中身で決まります。
- 取適法が規制するのは事業者どうしの取引で、BP契約の個人エンジニアも受注側になりうる。従業員を使わない個人には、原則としてフリーランス法が優先して適用される
- 正社員は雇用契約なので、取適法の対象外。会社の入金や単価の条件を通じて、間接的に関わる
- 自分の契約で確認できるのは、支払期日(60日以内)、取引条件の書面、単価の話し合いの3点
- 取適法は単価を上げる義務を課す法律ではない。守られるのは、話し合いの手続きと、不当に低い代金や後からの減額
- 迷ったときは、公正取引委員会やフリーランス・トラブル110番に相談する
契約全体の見方はSES法律・契約完全ガイドにまとめています。
参考資料(公的機関)
免責: この記事は2026年10月時点の法令と公的資料をもとにした一般的な情報で、個別の法律の助言ではありません。取適法やフリーランス法が自分の取引に当たるかは、取引の中身と、発注側・受注側の資本金や従業員数で変わります。判断が必要なときは、弁護士などの専門家に相談し、公正取引委員会・中小企業庁の最新の情報を確認してください。
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