2025年5月16日に「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(重要経済安保情報保護活用法)が施行され、2026年に入ってから政府・防衛・金融系のSES案件で**「日本国籍限定」「外国籍不可」**を発注条件に明記する案件が目に見えて増えてきた。SES業界の人材紹介プラットフォームでは、もともと「外国籍可」案件は1割に満たない水準だったが、ここに「経済安保」を理由とする新しい線引きが上乗せされている。
私はHeyday株式会社というSES会社を経営している。受け取り側の経営者として、エンドクライアントから来る発注条件のシートには毎週目を通している。条文解説は弁護士事務所のメディアにいくらでもあるが、**「実際にエンドクライアントがどう発注条件を変えたか」「経営者として何を判断材料にしているか」**を書いた記事がほとんどない。この記事では、Heydayが2026年に受けた発注条件変化と、外国籍エンジニアの選択肢、日本国籍エンジニアにとっての意味を率直に書く。
1. 経済安保推進法とセキュリティクリアランス——SES案件への影響経路
重要経済安保情報保護活用法の枠組み
2025年5月施行の重要経済安保情報保護活用法は、政府が指定した「重要経済安保情報」を取り扱う者に対し**適性評価(セキュリティクリアランス)**を義務づける制度だ。対象となる情報は経済安全保障上重要な情報で、漏えいすると国の安全保障に支障を与える恐れがあるものに限定される。
適性評価では、評価対象者の本人同意を得たうえで以下が調査される:
- 重要経済基盤毀損活動との関係(評価対象者の家族・同居人の氏名/生年月日/国籍/住所を含む)
- 犯罪および懲戒の経歴
- 情報の取扱いに係る非違の経歴
- 薬物の濫用および影響
- 精神疾患
- 飲酒についての節度
- 信用状態その他の経済的な状況
有効期間は10年。「外国籍であること自体が自動的に排除理由になる制度ではない」——これは重要なポイントだ。高市早苗経済安保担当相(当時)も国会で「評価対象者が外国籍である事実は考慮される要素の一つ」「最終的には調査結果の総合評価で判断される」と明言している。
しかし現場では「日本国籍限定」が広がっている
法律上は個別審査・総合判断のはずなのに、なぜ現場では「外国籍不可」が増えているのか。理由は単純で、発注側の企業が適性評価のコストとリスクを避けて、最初から日本国籍要員に絞る運用をしているからだ。
適性評価は本人同意・10年有効・身辺調査が必要で、企業側にも社内体制の整備義務(セキュリティ・クリアランス取得者の名簿管理、物理セキュリティ、サイバーセキュリティの3要件)が発生する。「個別審査で外国籍も可能性はある」より「最初から日本国籍に絞る」のほうが運用が単純で、政府系・防衛系・金融系のエンドクライアントはこの選択をしている。
これは法律の条文ではなく、法律を運用する企業の現場判断が積み重なった結果だ。
2. Heydayが2026年に受けた発注条件変化(一次情報)
ここからが本題で、私がSES経営者として実際に見た発注条件の変化を書く。数字は出せる範囲で書くが、特定の取引先が分かる情報は伏せる。
2025年と2026年の発注条件シートを比較した
Heydayが取引する元請け・エンドクライアントから来る発注条件シートを2025年通年と2026年1〜4月で並べてみると、明らかな変化がある。
| 案件カテゴリ | 2025年通年 | 2026年1〜4月 |
|---|
| 政府系・公共インフラ | 「日本国籍限定」記載は一部のみ | ほぼ全件で記載 |
| 防衛・準防衛系 | もともと日本国籍限定 | 日本国籍限定に加え**「適性評価対象」明記**が出始める |
| 金融系(メガバンク・大手損保) | 国籍要件は案件次第 | **「機密情報取扱領域は日本国籍」**が増加 |
| 一般エンタープライズ | 国籍要件なしが大半 | 国籍要件なしが大半(ここは変わらず) |
| Web系・SaaS系 | 国籍要件なし | 国籍要件なし |
ポイントは「経済安保系の案件カテゴリ」で日本国籍限定が一気に標準化したこと。一般エンタープライズ・Web系・SaaS系では2025年と2026年でほぼ違いがない。つまり「外国籍エンジニアの仕事が全部なくなった」のではなく、特定領域の入口が閉じたという変化だ。
発注条件シートに新しく増えた項目
2026年に入ってから発注条件シートで見るようになったフレーズを並べる。これは私がSES経営者として実際にシートで見た文言だ:
- 「重要経済安保情報を取り扱う可能性のあるポジションのため、日本国籍を有する方に限る」
- 「将来的に適性評価の対象となる可能性があるため、本人同意を得られる方」
- 「家族構成・国籍の申告に応じられる方」
- 「過去5年以内の海外居住歴の申告必須」
このうち、特に「家族構成・国籍の申告に応じられる方」「海外居住歴の申告必須」は、適性評価の調査項目(家族・同居人の国籍/住所)を念頭に置いた事前スクリーニングだと分かる。まだ適性評価の対象になっていなくても、企業側が「対象になっても問題ない人材」を選別する動きが始まっている。
Heyday側で変えたこと
Heydayでは2026年に入ってから、エンジニアとの初回面談で**「日本国籍限定の案件・将来的に身辺調査対象になりうる案件にアサインされる可能性があるが受け入れられるか」**を確認するシートを追加した。これは強制ではなく、エンジニア本人が「やる/やらない」を選べるようにするためのもので、外国籍エンジニアを排除する運用ではない。
ただし正直に書くが、外国籍エンジニアが選べる案件レンジは2025年比で狭くなっている。Heydayとしては一般エンタープライズ・Web系・SaaS系・スタートアップ系の案件を厚めに仕入れる方針で対応しているが、**「単価レンジが高い金融系・準防衛系の道は実質閉じた」**というのが現場の実感だ。
3. 外国籍エンジニアが取れる対策
ここからは、外国籍エンジニア(特に中国籍・東南アジア籍)が経済安保の流れにどう向き合うかを書く。Heyday経営者として、面談で実際に話している内容そのままだ。
戦略1: 経済安保の影響を受けないドメインに集中する
最も現実的な対策は、そもそも経済安保の対象になりにくい領域でキャリアを作ることだ。具体的には:
- Web系・SaaS系の事業会社(toCサービス・toB SaaS)
- AIスタートアップ(生成AI・LLM活用領域)
- ECプラットフォーム・広告テック
- 海外ヘッドクオーターを持つ外資系ITの日本法人
これらは外国籍エンジニアの比率がもともと高く、英語が話せることがプラスになる領域だ。経済安保の対象になりにくく、技術トレンドの先端でもある。「金融・防衛・政府系の単価が高いから狙う」のではなく、最初から別のレースを走るという選択。
戦略2: 永住権・帰化の選択肢を検討する
これは個人の人生設計に関わる話なので一般論として書くが、日本に長期で根を下ろす計画があるなら永住権・帰化の検討は経済安保の文脈でも合理性が増している。永住権を持っていても国籍は外国籍のままなので適性評価で考慮される事実は変わらないが、家族構成の安定・住居の安定が示せる材料は増える。
ただしこれは**「経済安保のために帰化する」と単純化できる話ではない**。家族の意向・将来の住む場所・税務上の影響など、技術的な話を超えた要素が多い。Heydayとして「帰化したほうがいい」と勧めることはない。選択肢として知っておく、というレベルの話だ。
戦略3: 高い専門性で「国籍要件のない案件」の単価を上げる
経済安保の対象にならない領域でも、専門性が高ければ単価は十分上がる。Heydayで見ているレンジで言えば:
- 生成AI・LLMアプリケーション開発:80〜120万円
- データエンジニア(dbt/Snowflake/BigQuery):85〜120万円
- AWSアーキテクト(マルチアカウント設計経験):85〜110万円
- 英語でコミュニケーション可能な外資SaaS導入:80〜110万円
これらの領域では国籍要件はほぼない。むしろ英語力・グローバル経験が単価のプレミアムになる。「金融系の100万円」を狙えなくなっても、「AI系の100万円」「データ系の100万円」は十分狙える。
4. 日本国籍エンジニアにとっての差別化機会
逆方向の話も書いておく。日本国籍エンジニアにとって、経済安保の流れは**「国籍がそのまま市場価値になる領域が拡大している」**ことを意味する。
政府系・防衛系・金融系の単価上昇圧力
エンドクライアントが「日本国籍限定」で発注すると、該当できる人材プールが狭くなる。元請け・SESベンダーは要員を確保するために単価を上げざるを得ない。Heydayが見ている範囲でも、2025年と2026年で準防衛系・政府系の同等スキル単価レンジが5〜10万円上振れしているケースが出ている。
これは「日本国籍だから儲かる」という単純な話ではなく、「国籍要件 × スキル要件」の交差点に該当する人材の希少性が上がっているということだ。要件は概ね以下の組み合わせ:
- 日本国籍 × クラウド設計(AWS/Azure)
- 日本国籍 × Java/.NETの大規模開発経験
- 日本国籍 × セキュリティ実装経験(暗号化・認証基盤)
- 日本国籍 × 金融ドメイン知識(決済・与信・リスク管理)
該当する人がスキルを継続的に磨くと、経済安保系案件の中で単価レンジを引き上げられる。
適性評価対象になることのキャリア意味
将来的に適性評価を受けて認定されると、取り扱える案件レンジが広がる。これは個人の機密情報取扱経歴として10年有効で、転職時にも持ち運べる。具体的なキャリアインパクトの数字はまだ事例が少ないが、「クリアランス保持者」が単価交渉で優位に立つ構造は米国・欧州の前例を見ると今後出てくる可能性が高い。
ただし適性評価には身辺調査・家族同居人の調査・10年の継続義務など実生活への影響もある。メリットとデメリットを両方見て、自分のキャリア戦略に組み込むかを判断する話だ。
5. SES会社を選ぶときに見るべきこと(経済安保の文脈で)
最後に、エンジニアがSES会社を選ぶときに経済安保の文脈で見るべきポイントを書く。
外国籍エンジニアの場合
- 「国籍要件なしの案件」をどれだけ持っているかを聞く(Web系・AI系・データ系の比率)
- 過去1年で外国籍エンジニアの稼働実績を聞く(実数)
- 言語要件(日本語/英語)の柔軟性を聞く(英語OK案件の割合)
- 「日本国籍限定案件しか取らない」会社は、外国籍エンジニアにとって選択肢にならない
日本国籍エンジニアの場合
- 政府系・防衛系・金融系の取扱比率を聞く(経済安保プレミアム単価が狙える)
- 適性評価対応の社内体制があるか(ある会社ほど高単価帯に強い)
- ただし経済安保系だけに特化した会社はリスク集中でもある(一般エンタープライズも持つ会社が安全)
まとめ
経済安保推進法のセキュリティクリアランス運用は、法律の条文以上に「企業の発注運用」に変化を生んでいる。一般エンタープライズ・Web系・SaaS系の世界では2025年と2026年で発注条件にほとんど違いはない。一方で政府・防衛・金融の経済安保系領域では「日本国籍限定」が標準化し、外国籍エンジニアの入口が狭くなった。
外国籍エンジニアにとっての対策は、経済安保の対象にならない領域でキャリアを作る・専門性で単価を上げる・人生設計として永住権/帰化を検討するの3軸。日本国籍エンジニアにとっては**「国籍 × スキル」の交差点で単価プレミアムが狙える領域が広がっている**。
法律は今後も運用変更があり、企業の発注運用も変わり続ける。Heydayとしては、外国籍エンジニアを排除する運用は採らない方針を維持しつつ、エンジニア本人が情報を持ったうえでキャリア選択できるよう、現場の発注条件変化を率直に開示することを続けていく。
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