法律・契約15独自データあり

フリーランス保護法で
SES業務委託はどう変わったか

小川将司
小川将司代表取締役

Heyday代表小川将司が、フリーランス保護法施行後に実際に変更した契約条項と現場運用から執筆

シェア:B!

この記事でわかること

  • フリーランス保護法でSES業務委託に適用される主要3ルール(60日支払・買いたたき禁止・書面明示)の実務影響
  • Heydayが2026年1月以降に変更した契約条項の具体内容(書面明示7項目・支払サイト変更)
  • エンジニアが知るべき「保護法施行後に主張できる権利」と「まだグレーな部分」

この記事の対象: SES会社と業務委託契約しているフリーランスエンジニア、フリーランス保護法の実務影響を知りたいSEエンジニア

2024年11月にフリーランス保護法(正式名称「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)が施行されてから1年半が経った。さらに2026年1月にはガイドラインが改定され、改正下請法(取適法)との整合も進んでいる。SES業界はこの法律の影響を最も強く受ける業界の一つだが、現場で何がどう変わったのかをきちんと書いた記事はほとんど見当たらない。検索すると弁護士事務所と人事労務系メディアが「条文解説」と「企業対応チェックリスト」を並べているだけで、**「実際に経営者として契約書をどう書き換えたか」「現場で何が揉めたか」**という一次情報がない。

私はHeyday株式会社というSES会社を経営している。フリーランス保護法は受け取り側の発注事業者(=Heyday)にも、再委託先のフリーランスエンジニアにも直接影響する法律だ。施行に合わせて契約書を書き換え、運用も変えた。そして1年半運用してみて、想定通りに機能している部分と、まだグレーで揉める部分の両方が見えてきた。この記事では、SES経営者として現場で何を変えたかを率直に書く。


1. SES業務委託に適用されるフリーランス保護法の要点

フリーランス保護法の条文は長いが、SES業務委託に直結するのは大きく3つのルールに集約できる。まずは要点を抑えておく。

適用されるのは「特定受託事業者」への業務委託

法律上の用語は分かりにくいが、「特定受託事業者」=従業員を使用しない個人または一人法人のフリーランスと理解すればいい。SES業界で言えば、個人事業主のフリーランスエンジニア・一人法人(合同会社/株式会社の代表のみ)のフリーランスエンジニアが該当する。発注者側はSES企業(Heydayなど)・元請け・エンドクライアントが該当する。

ポイントは資本金要件がないこと。下請法(取適法)は発注側が資本金1,000万円超でないと適用されないが、フリーランス保護法は資本金関係なく適用される。中小SES会社・スタートアップでも例外なく対象になる。

主要3ルール

  1. 書面(電磁的方法を含む)による取引条件の明示義務:業務委託をしたら直ちに、業務内容・報酬額・支払期日など7項目を書面で示さなければならない
  2. 報酬支払期日の60日ルール:給付(業務完了/納品)を受領した日から起算して60日以内に支払わなければならない(再委託の場合は元委託支払期日から30日以内)
  3. 継続的業務委託における7つの禁止行為:受領拒否・報酬減額・返品・買いたたき・購入役務利用強制・経済上の利益提供強制・不当な給付内容変更/やり直し

このうち特に**SESで頻発するのが「書面明示の不徹底」「60日超えの支払サイト」「仕様変更による事実上の単価据え置き=買いたたき」**だ。順に現場運用と一緒に見ていく。


2. 60日支払ルールの現場影響——Heydayが変更した支払サイト

法律上のルール

発注事業者は、特定受託事業者から給付を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内に報酬支払期日を設定し、その期日までに支払わなければならない。再委託の場合(=エンドクライアントから受けた仕事をフリーランスに再委託する場合)は、元委託の支払期日から起算して30日以内に設定できる例外がある。

現場でよくあった運用「月末締め翌々月末払い」=危険ゾーン

2024年11月以前のSES業界には、**「月末締め翌々月末払い(60〜61日サイト)」**という運用が広く存在していた。具体的には4月稼働分=4月末締め=6月末払い、というパターンだ。

これはギリギリ60日に収まらないケースが頻発する。4月1日稼働分は4月末締め→6月末払いで合計91日。5月最終週の稼働分でも、4月末月末締めの「翌々月末」で計算すると60日を超えるケースがある。給付を受領した日(=稼働日)から起算するルールに照らすと完全アウトだ。

Heydayが変更したこと

Heydayでは2024年11月施行のタイミングで、フリーランスとの業務委託契約の支払サイトを**「月末締め翌月末払い(30日サイト)」に統一**した。再委託モデル(エンド→元請→Heyday→フリーランス)でも同様。これは法律上は「翌々月末払い」でも30日以内特例で適法な余地はあるが、フリーランス側の事務負担とキャッシュフローを考えれば翌月末払いが妥当という判断だ。

実務インパクトは小さくない。Heydayは元請けからの入金が翌月末(30日サイト)のことが多いため、Heyday側で1ヶ月分のキャッシュを立て替える形になる。月20名稼働なら立替原資は数千万円規模。それでも翌月末払いに揃えたのは、この法律の趣旨に沿って運用するなら他に選択肢がないと判断したからだ。

エンジニア側が確認すべきポイント

  • 契約書に**「給付を受領した日から起算して60日以内」**と明記されているか
  • 「月末締め翌々月末払い」と書かれている場合、月初稼働分が60日を超えていないか確認する
  • 元請の支払いが遅れたことを理由にフリーランスへの支払いを遅らせるのは違法(再委託の30日特例も「元委託支払期日」を基準にするだけで、実際に支払われたかどうかは関係ない)

3. 買いたたき禁止の実運用——「仕様変更で減額」はどうなったか

法律上のルール

継続的業務委託において、以下の行為は禁止されている:

  • 通常支払われる対価に比べて著しく低い報酬額を不当に定めること(買いたたき)
  • フリーランスに帰責事由がないのに給付内容を変更させる/受領後にやり直しさせること(不当な給付内容変更/やり直し)
  • フリーランスに帰責事由がないのに報酬を減額すること

SES業界で典型的に問題になるのは、稼働中に「スコープ追加」「仕様変更」「クライアント側の都合での再対応」が発生したときに、単価据え置きのまま追加対応を求められるパターンだ。これは形式的には「業務委託の範囲内」と説明されることが多いが、通常支払われる対価に対して著しく低い水準になっていれば買いたたきに該当する余地がある。

現場で揉めるパターン

Heydayが間に入る案件でも、エンドクライアント側から「言ってみればちょっと触ってもらうだけだから単価そのままで」という打診が来ることがある。施行前は「業界慣習として吸収」となりがちだったが、施行後はHeyday→エンドクライアントに対して「これは買いたたきリスクがあるので単価改定または工数削減で対応してほしい」と言える根拠ができた。法律が後ろ盾になっている。

逆方向もある。フリーランス側から「クライアント要望が当初契約の範囲を明らかに超えている、稼働時間が増えている」と申告があれば、Heydayから元請に単価改定を提示しやすくなった。「業界慣習」ではなく「法律準拠」というロジックで交渉できるのは、両方向のフェアさを保つうえで意味が大きい。

グレーゾーン:準委任契約の「成果物」概念

SES契約は法律的には準委任契約であり、原則として「成果物」ではなく「労務提供」に対して報酬を払う。このため仕様変更=買いたたきという構造が必ずしも成立するわけではない。「働いた時間に対して払う」契約なので、追加作業=追加時間=追加報酬、という整理が本来。

しかし現場では「月160h固定単価」という時間枠単価が一般的で、月160h以内なら何をやっても同じ単価という運用になりがちだ。この運用こそが実質的な仕様変更による買いたたきリスクを生む。Heydayでは2026年1月のガイドライン改定後、月単位のスコープを契約書に明記することにした(後述)。


4. 書面明示7項目の具体内容と確認方法

法律上の必須7項目

業務委託を行ったら直ちに、以下7項目を書面(電磁的方法可)で明示しなければならない(公正取引委員会・厚生労働省の解釈ガイドラインより)。

  1. 業務委託をした事業者および特定受託事業者の名称
  2. 業務委託をした日
  3. 業務の内容(給付の内容・役務提供の内容)
  4. 給付を受領する/役務提供を受ける期日
  5. 給付を受領する/役務提供を受ける場所
  6. 検査を行う場合は検査完了期日
  7. 報酬の額および支払期日

Heydayが書面明示で変更したこと

Heydayでは施行前から契約書とSOW(発注書)を分けて運用していたが、施行後はSOW(発注書)に必ず7項目を網羅する書式に変更した。特に変えたポイントは以下3点。

1. 業務内容の具体化 従来「○○プロジェクトの開発支援」のような書き方をしていた箇所を、**「○○システムのフロントエンド開発(React、Next.js)。月160h以内、想定タスクは画面実装/コードレビュー/設計レビュー」**のようにスコープと工数枠を明記する形に変えた。これにより「想定外のスコープ」が発生したときに買いたたき該当性を判定しやすくなる。

2. 役務提供場所の明記 「クライアント先または在宅」と曖昧にしていたところを、常駐の場合は具体住所、リモートの場合は「リモート(自宅または契約者が指定する場所)」と明示するようにした。これは些細に見えるが、移動時間や交通費の負担区分を明確にする意味で大事。

3. 検査完了期日の運用 SES(準委任)は本来「検査」概念がないが、月次の稼働報告書を「検査」と位置づけ、**「翌月5営業日以内に発注事業者が稼働内容を確認し、異議なき場合は確定」**と書面に明記した。これにより支払期日(受領日から60日)の起算点が明確になる。

エンジニア側が確認すべきポイント

  • 業務委託契約書とは別にSOW/発注書/業務指示書を毎案件で受け取っているか
  • 7項目すべてが書面(メール・電子契約サービスでも可)に明示されているか
  • 「業務内容」が単に案件名だけになっていないか(スコープと工数枠が書かれているか)
  • 「報酬額」が単価だけでなく支払期日もセットで書かれているか

特に注意したいのは、**「契約書はあるけどSOWが口頭」**というパターン。これは書面明示義務違反のリスクが高い。Heydayでは電子契約サービス(クラウドサインなど)でSOWを毎案件発行する運用に統一した。


5. エンジニアが今すぐできる権利行使3ステップ

ここまでは経営者視点で書いてきたが、フリーランスエンジニアが保護法施行後に主張できる権利を3ステップにまとめる。

Step 1: 契約書面を確認する

現在契約しているSES会社/エージェントから、以下を取り寄せる。

  • 業務委託基本契約書
  • 直近案件のSOW/発注書(書面または電子データ)
  • 報酬計算書(直近3ヶ月分)

書面明示7項目が満たされているかをチェック。「7項目のうちどれかが欠けている」状態が常態化している場合、それ自体がフリーランス保護法違反であり、是正を求める法的根拠になる。

Step 2: 支払サイトと起算日を確認する

「月末締め翌月末払い」「月末締め翌々月末払い」のどちらかを確認。翌々月末払いの場合、月初稼働分が60日を超えていないかを計算する(4月1日稼働分→4月末締め→6月末払い=91日のため違反の可能性)。違反疑いがある場合、契約書の「支払期日」条項の改定をエージェントに申し入れる根拠になる。

Step 3: スコープ外作業の発生時に書面で記録する

仕様変更・追加対応・クライアント要望の変化が発生したら、**「対応に追加で○h必要」「当初契約のスコープと異なる」**ことをメール/Slackで記録する。これがあるかないかで、後から単価交渉する際の交渉力が大きく変わる。

口頭で「ちょっと追加で見てください」と言われた瞬間に「了解です、追加スコープとして月次稼働報告に含めます」とテキストで返すだけで、書面化の起点を作れる。Heydayでは社内のフリーランス支援担当が「スコープ外作業を3ヶ月連続で吸収しているフリーランスがいないか」を月次でチェックする運用にしている。



6. まだグレーな部分——2026年1月ガイドライン改定でも曖昧な点

正直に書くが、フリーランス保護法はSESの実態をすべてカバーできているわけではない。2026年1月のガイドライン改定でも以下3点はまだ曖昧で、現場で揉める余地が残っている。

グレー1: 「月160h単価」内のスコープ拡大

前述したが、月160h以内なら何をやらせても同じ単価という運用は、形式的には買いたたきにならない。準委任契約の労務提供という建付けがあるため、ガイドラインも明確には触れていない。実質的な単価切り下げが発生していてもグレーのままだ。Heydayは契約書にスコープを明記する運用で対処しているが、業界全体として標準化されているわけではない。

グレー2: 単価改定交渉の頻度と根拠

長期稼働しているフリーランスが「市場単価が上がったので改定してほしい」と申し入れたとき、何を根拠に改定するかのルールは法律にもガイドラインにもない。「買いたたき」は「通常支払われる対価」と比較する条文だが、その「通常」を誰がどう測るかが定まっていない。Heydayでは年1回(4月)の単価レビューを契約書に明記して対処しているが、これも業界標準ではない。

グレー3: 一人法人と個人事業主の境界

法律は「特定受託事業者」=従業員を使用しない事業者を対象にしているが、配偶者を経理担当として雇っている一人法人業務委託でアシスタントを使っている個人事業主などの境界ケースが現場には多い。「従業員を使用しない」の定義は厳格には固まっていない。Heydayでは「実態として代表1人で稼働している事業者」を対象に保護法準拠の運用を適用しているが、これも判断の余地がある。

「保護法準拠だから安心」ではなく「保護法+運用」で見るべき

エンジニア側の視点で言えば、契約しているSES会社が「フリーランス保護法に対応しています」と言っているだけでは不十分だ。実際に書面明示7項目がSOWで運用されているか・支払サイトが60日以内か・スコープ外作業が発生したときに単価交渉のテーブルが用意されているかまで確認すべき。法律はあくまで最低ライン、実運用がそれを上回っているかが本当の差別化点になる。


7. まとめ——フリーランス保護法はSES業界のリトマス試験紙になった

フリーランス保護法の施行とガイドライン改定は、SES業界にとって**「曖昧な業界慣習を書面化させる外圧」として機能している。Heydayは施行前から比較的フェアな運用を心がけてきた自負があるが、それでも契約書とSOW運用は大幅に書き換えた。逆に言えば、「うちは前から大丈夫」と言って何も変えていないSES会社は要注意**。形式的にも実質的にも法律に準拠している会社かどうか、エンジニア側がチェックする視点を持っておくのは大事だ。

Heydayが現時点で運用しているフリーランス保護法対応のサマリー:

  • 業務委託契約書とSOWを電子契約で毎案件発行(書面明示7項目)
  • 支払サイトは月末締め翌月末払い(30日サイト)に統一
  • 月160h以内のスコープを契約書に明記、スコープ外作業は単価交渉のテーブルへ
  • 年1回の単価レビューを契約条項として明記

エンジニア側が今やるべきは、自分の契約書とSOWを取り寄せて7項目チェック・支払サイト確認・スコープ外作業の記録の3つ。これだけで、保護法違反の状態に気づけるし、健全なSES会社かどうかも見極められる。

法律は完璧ではない。グレーな部分も残る。それでも、業界の慣習よりも法律のほうがフェアな水準を示している現状はSES業界にとって悪くない流れだ。Heydayはこの流れを加速させたい側として、これからも契約条項と運用を磨いていく。


関連記事

案件例を見てみる

技術スタック・単価帯・勤務形態がわかる具体的な案件情報

この記事の著者

小川将司
小川将司

Heyday株式会社 代表取締役

Heyday代表小川将司が、フリーランス保護法施行後に実際に変更した契約条項と現場運用から執筆

Heyday株式会社 代表取締役。エンジニア・PM/PdMを経験後、SES事業を創業。複数クライアント現場でAI導入コンサルティングを担当。「ITをもっとフェアに」を掲げ、マージン構造の開示に取り組む。

シェア:B!

次に読む