2026年10月1日から、インボイス(適格請求書)を発行できない免税事業者への支払いについて、取引先が控除できる消費税の割合が80%から70%に下がりました。 国税庁の令和8年度税制改正特集にあるとおり、その後も50%、30%と下がり、2031年10月からは控除できなくなります。免税のままBP契約で働いているエンジニアは、この切り替えをきっかけに値下げを打診されることを想定し、試算の数字と返し方を用意しておいてください。
SES会社やエージェントと業務委託(BP)契約を結ぶ個人事業主エンジニアにとって、インボイス制度は「自分の納税」と「取引先のコスト」の両方に関わります。前者の2割特例も2026年分で終わるため、2026年の秋は両方の制度が同時に切り替わる時期です。
私はSES会社を経営していて、個人事業主のエンジニアに業務を委託する発注側の立場にいます。この記事では、発注側の計算の仕組みを明かしたうえで、エンジニア側が何を判断し、何を準備すればいいかを整理します。数字はすべて一次情報にリンクしています。
この記事でわかること:
- 経過措置の新しいスケジュール(80%→70%→50%→30%→0%)
- 月額単価80万円の場合、取引先のコストがいくら変わるか
- 2割特例の終了と、2027年から使える3割特例
- 値下げを打診されたときに法律で守られる範囲と、返信の文例
- 10月の切り替え前後にやること
なお、確定申告の年間スケジュールや青色申告の要件はフリーランスエンジニアの確定申告|独立前に知る年間タスク12と控除4種で扱っています。この記事は「10月の変更」と「単価交渉」に絞ります。
2026年10月に何が変わるのか
変わるのは「取引先の控除割合」
インボイス制度では、取引先(SES会社など)が消費税の仕入税額控除を受けるには、原則としてインボイスの保存が必要です。免税事業者はインボイスを発行できないため、本来なら取引先は支払った消費税相当額を控除できません。
この影響を和らげるのが「免税事業者等からの仕入れに係る経過措置」です。2023年10月から2026年9月までは、仕入税額相当額の80%を控除できました(国税庁 インボイスQ&A 問113)。
当初の予定では、2026年10月から50%、2029年10月からは0%でした。これが令和8年度税制改正で見直され、下げ幅が緩やかになり、期間も2年延びました。改正法は「所得税法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第12号)として2026年3月に成立しています。
経過措置のスケジュール(改正後)
| 課税仕入れを行った期間 | 取引先が控除できる割合 | 改正前の予定 |
|---|---|---|
| 2023年10月1日〜2026年9月30日 | 80% | 80% |
| 2026年10月1日〜2028年9月30日 | 70% | 50% |
| 2028年10月1日〜2030年9月30日 | 50% | 50%(2029年10月以降は0%) |
| 2030年10月1日〜2031年9月30日 | 30% | 0% |
| 2031年10月1日〜 | 0%(控除できない) | 0% |
出典: 国税庁 令和8年度税制改正特集、財務省 令和8年度税制改正の大綱
あわせて、一つの免税事業者からの仕入れについて、経過措置を使える上限が年10億円から1億円に下がりました(2026年10月1日以後に開始する課税期間から)。個人のエンジニアへの支払いが年1億円を超えることはまずないので、この記事の読者にはほぼ関係ありません。
9月分と10月分の境目
80%と70%のどちらを使うかは、取引先が「課税仕入れを行った日」で決まります。サービス(役務)の提供を受けた場合は、原則として提供が完了した日です。国税庁のQ&Aでは、9月21日に始まり10月20日に完了した役務は、10月1日以後の仕入れとして扱う例が示されています(国税庁 インボイスQ&A 問113-3)。
月単位で精算するSES契約なら、9月末に完了する9月稼働分は80%、10月稼働分から70%になるのが一般的な考え方です。ただし契約の組み方によって判断が変わるため、最終的には取引先の経理が決めます。「10月の請求から急に条件を変えたい」と言われたら、どの稼働分の話なのかを確認してください。
取引先のコストはいくら増えるのか
試算例: 月額単価80万円の場合
免税事業者のエンジニアが、月80万円に消費税相当額8万円を上乗せして税込88万円で請求している場合を考えます。
計算を単純にするため、消費税率10%として、取引先が控除できない額だけを見ます。法人税などへの影響や地方消費税の内訳は考えません。
| 期間 | 控除できる割合 | 取引先が控除できる額(月) | 控除できない額(月) | 控除できない額(年) |
|---|---|---|---|---|
| 〜2026年9月 | 80% | 6.4万円 | 1.6万円 | 19.2万円 |
| 2026年10月〜2028年9月 | 70% | 5.6万円 | 2.4万円 | 28.8万円 |
| 2028年10月〜2030年9月 | 50% | 4.0万円 | 4.0万円 | 48.0万円 |
| 2030年10月〜2031年9月 | 30% | 2.4万円 | 5.6万円 | 67.2万円 |
| 2031年10月〜 | 0% | 0円 | 8.0万円 | 96.0万円 |
※試算例。税込88万円で請求しているという前提の単純計算です。
10月からの変化は、月1.6万円が月2.4万円になり、差は月8千円です。取引先から見れば大きな額ではありませんが、何十人もの免税事業者と取引しているSES会社では、まとまった額になります。10月を機に条件を見直す会社が出てくるのはこのためです。
一方で、10月の変更を理由に値下げの話が来たなら、根拠になるのは増分の月8千円です(税込88万円の場合)。控除できない額の総額(月2.4万円)を超える値下げには、計算上の根拠がありません。
免税のままでいられるとは限らない
免税事業者かどうかは、2年前(基準期間)の課税売上高が1,000万円以下かどうかで決まります(国税庁 No.6501 納税義務の免除)。
注意したいのは、基準期間に免税事業者だった場合、売上から消費税分を抜かずにそのまま判定に使う点です(国税庁 質疑応答事例)。上の試算例のように税込88万円を毎月受け取っていると、年間の受取額は1,056万円になり、1,000万円を超えます。この場合、2年後には登録の有無にかかわらず課税事業者になります。
受取額が月平均で約83万円(税込)を超えているなら、「免税のままでいる」という選択肢は、そもそも長く続きません。
インボイスに登録した人の納税はどう変わるか
2割特例は2026年分で終わる
インボイスに登録したことで課税事業者になった小規模事業者は、納税額を売上にかかる消費税額の2割にできる「2割特例」を使えます。対象は2023年10月1日から2026年9月30日までの日を含む課税期間です(国税庁 2割特例の概要)。
個人事業主の課税期間は1月〜12月の暦年なので、2026年分(2027年3月に申告する分)が2割特例の最後の年になります。
2027年分と2028年分は3割特例
2割特例の後を引き継ぐ形で、令和8年度税制改正で「3割特例」ができました。個人事業者である適格請求書発行事業者は、2027年分と2028年分の消費税について、納税額を売上にかかる消費税額の3割にできます(国税庁 3割特例のリーフレット)。
押さえておきたい点は次の3つです。
- 個人だけが対象。法人には適用されません
- 登録がなければ免税事業者だった人が対象。基準期間の課税売上高が1,000万円を超えている年など、使えない年があります(国税庁 インボイスQ&A 問115-2)
- 事前の届出は不要。確定申告書に適用する旨を書いて使います
2割特例や3割特例を使った翌年に簡易課税へ移りたい場合は、移りたい年分の確定申告期限までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を出せば、その年から簡易課税を使えます(国税庁 インボイスQ&A 問117)。
試算例: 登録した場合の年間納税額
月額単価80万円(税抜)、年間の売上960万円、売上にかかる消費税96万円の場合です。
| 年分 | 使える計算方法 | 年間の納税額(試算例) |
|---|---|---|
| 2026年分 | 2割特例 | 19.2万円 |
| 2027年分・2028年分 | 3割特例(要件を満たす場合) | 28.8万円 |
| 2029年分〜 | 簡易課税(第五種事業、みなし仕入率50%と仮定) | 48.0万円 |
| 2029年分〜 | 一般課税 | 96万円 − 経費にかかった消費税 |
※試算例。1年を通じて登録していた場合の単純計算です。
簡易課税でエンジニアの業務は多くの場合サービス業(第五種、みなし仕入率50%)に当たりますが、業務の中身によって区分が変わることがあります(国税庁 No.6505 簡易課税制度)。自分の区分は税務署か税理士に確認してください。
課税事業者になるか、免税のままでいるか:判断材料
ここからは判断の材料を並べます。どちらが得かは、単価・経費・取引先の方針で変わります。税務の最終判断は税理士に相談してください。
2つの表を並べると見えること
上の2つの試算を並べると、次のことがわかります。
- 2027年1月〜2028年9月: 取引先が控除できない額(月2.4万円、年換算28.8万円)と、登録した場合の3割特例での納税額(年28.8万円、月換算2.4万円)が同じ。2028年10〜12月は控除割合が50%になるため、2028年分だけで見ると取引先が控除できない額は33.6万円になります
- 2029年〜2030年9月: 取引先の控除できない額(年48万円)と、簡易課税・第五種での納税額(年48万円)が同じ
これは偶然ではなく、どちらも「消費税相当額のうち何割が国に行くか」を別の側から見た数字だからです。税込88万円を受け取っている場合の単純計算ですが、「登録して納税する」と「免税のまま、取引先が控除できない分だけ値下げを受け入れる」は、お金の面ではほぼ同じになる期間があります。
差が出るのは、次の3点です。
- 値下げ幅: 取引先が控除できない額より大きい値下げを求められれば、免税のままのほうが不利になります
- 事務の手間: 登録すれば、消費税の申告と、インボイスの記載事項を満たした請求書の発行が必要になります
- 取引の選ばれやすさ: 同じスキルなら登録済みの人を選ぶ取引先はあります。これは数字に出にくい要素です
状況別の目安
| あなたの状況 | 考え方の目安 |
|---|---|
| 年間の受取額が1,000万円を超えている | 2年後には登録しなくても課税事業者になる。免税でいられる期間が短いので、登録を前提に考える |
| すでに登録していて、基準期間(2年前)の売上が1,000万円以下 | 2026年分は2割特例、2027・2028年分は3割特例を使える見込み。2029年以降に向けて簡易課税と一般課税を比べておく |
| 免税で、取引先から登録の依頼が来ている | 3割特例の期間(2027〜2028年分)は、登録した場合の納税額を試算しやすい。値下げ幅と比べて決める |
| 免税で、値下げの打診もない | 急いで決める必要はない。ただし控除割合は2028年10月に50%へ下がるので、次の契約更新までに考えておく |
