「同じJavaの実装をしているのに、隣の現場のエンジニアと月の手取りが10万円違う」——この差はスキルではなく、所属する会社が握っている契約の「商流」で決まっていることが多い。
SES経営者として6年、一次請けから三次請けまでの案件を日々調達している立場から書く。商流の深さは、エンジニアの実力ではなく、会社が取れる案件の構造で決まる。そして同じスキル・同じ業務内容でも、商流の段数だけで年収が100万〜300万円違うことが、実データとして起きている。
本記事では、Heydayが2026年3月時点で扱う案件データを使い、一次請け・二次請け・三次請けで同じエンジニアの年収がいくら変わるかを数値で公開する。あわせて、面談前に商流を見抜くためのチェックリストと、商流の浅い案件を引き寄せるための交渉術も載せる。
一次請け・二次請け・三次請けの違い
商流の段数が「会社の取り分」と「エンジニアの取り分」を決める
SES業界の契約は、エンドクライアントから始まり、間に入る企業の数だけ単価が削られる構造になっている。
【一次請け(エンド直)】
エンドクライアント
↓ 直接契約
SES企業(一次請け)
↓
エンジニア
【二次請け】
エンドクライアント
↓
元請けSIer
↓
SES企業(二次請け)
↓
エンジニア
【三次請け以下】
エンドクライアント
↓
元請けSIer
↓
一次下請け
↓
SES企業(三次請け)
↓
エンジニア
各層は受け取った単価から10〜20%のマージンを抜いて次に流す。商流が1段深くなるごとに、エンジニアに届く金額が削られる。
「何次請けか」は会社の能力で決まる
ここで重要なのは、「一次請けかどうか」はエンジニア個人の実力で決まるものではない、ということだ。
一次請けに入るためには、エンドクライアントとの直接取引口座を持っていて、与信が通っていて、人月単位での発注を受けられる規模が必要になる。これは経営側の話であって、エンジニアの技術力とは別の軸で決まる。
つまり、どれだけ優秀なエンジニアでも、一次請けの案件を持たない会社に所属している限り、二次請け以下の案件にしか入れない。逆に言えば、所属を変えるだけで同じスキルでも年収が100万円以上上がる構造的な余地がある。
商流の構造をもっと丁寧に追いたい場合は、SES商流とは|エンド直・元請け・多重下請けの違いを併読してほしい。
同スキル・同業務での年収差【Heydayデータ】
集計の前提
ここから示す数値は、Heydayが2026年3月時点で実際に扱っている、または近い時期に成約した案件データ(経験3〜10年のエンジニア、n=42件)から、同じスキルセットの案件で商流のみが異なるケースを抽出したものだ。
エンドクライアントが支払う金額(エンド単価)はおおむね同水準の業務に揃え、間に入る企業の取り分でエンジニアに届く金額がどう変わるかを比較する。
ケース1: Java 5年・金融系業務アプリ開発
| 商流 | 月単価(エンジニアへ) | 想定年収(月単価×12) | 一次との差 |
|---|
| 一次請け | 70万円 | 840万円 | — |
| 二次請け | 57万円 | 684万円 | -156万円 |
| 三次請け | 45万円 | 540万円 | -300万円 |
同じ業務、同じ経験年数、同じ言語スタック。違うのは「会社が何次請けで案件を取っているか」だけだ。三次請けに入った場合、年収換算で300万円の差が出ている。
ケース2: Python 4年・データ基盤構築(AWS経験あり)
| 商流 | 月単価 | 想定年収 | 一次との差 |
|---|
| 一次請け | 75万円 | 900万円 | — |
| 二次請け | 60万円 | 720万円 | -180万円 |
| 三次請け | 48万円 | 576万円 | -324万円 |
クラウド経験ありの場合、一次請けでは単価が押し上がるが、商流が深くなると押し上がった分が中間企業の取り分に吸収されていく傾向が強い。
ケース3: PM/PMO 7年・製造業の基幹システム刷新
| 商流 | 月単価 | 想定年収 | 一次との差 |
|---|
| 一次請け | 95万円 | 1,140万円 | — |
| 二次請け | 78万円 | 936万円 | -204万円 |
| 三次請け | 62万円 | 744万円 | -396万円 |
上流工程ほど単価が高い分、商流による削られ方の絶対額も大きくなる。三次請けに入ると、PM経験者でもSE並みの月収になることがある。
3ケースの平均
3ケースの平均で見ると、一次請けと二次請けで月15万円・年180万円、一次請けと三次請けで月25万円・年300万円前後の差が生まれている。
これは「実力差」ではない。所属するSES企業が、一次請けの案件をどれだけ持っているかで決まる、構造的な差だ。
なぜ商流が深いと単価が下がるのか
中間企業のマージンが多層的に積まれる
各層の企業は、エンジニアに届くまでの間で粗利を確保する必要がある。営業コスト、契約管理、与信管理、福利厚生、社会保険——機能としてのコストは存在する。一次請けの会社にも当然この粗利は乗るが、二次請け・三次請けでは「同じ機能のコスト」が複数回乗る。
仮にエンドクライアントが80万円を支払っているとする。
| 段数 | 元請け取り分 | 一次下請け取り分 | 二次下請け取り分 | エンジニアへ |
|---|
| 一次請け | — | — | — | 64〜68万円 |
| 二次請け | 10〜15% | — | — | 54〜60万円 |
| 三次請け | 10〜15% | 10〜15% | — | 44〜52万円 |
| 四次請け以下 | 10〜15% | 10〜15% | 10〜15% | 38〜45万円 |
エンドクライアントが払う総額は変わらないのに、エンジニアの手取りだけが商流の段数分だけ削られていく。これが「商流が深い案件は単価が低い」と言われる理由だ。
中抜きの構造をもっと細かく分解した内容は、SES「中抜き」の正体で扱っている。マージンと手取りの関係を金額で分解した記事はSES手取り早見表を参照してほしい。
「交渉できる相手」が遠くなる
もう一つ見落とされやすい影響は、商流が深くなるほど「交渉相手が遠くなる」ことだ。
一次請けの会社にいるエンジニアは、現場の評価が直接エンドクライアントに届き、単価交渉も自社の営業がエンドと行う。改善余地があれば素早く反映できる。
一方、三次請けに入っていると、現場での評価は「上の会社」「さらに上の会社」を経由して伝わる。途中で情報が薄まり、単価交渉も「エンドの予算が決まっているので動かせない」「上の会社が決めることなので」と止まる構造になる。
担当営業に交渉力がないというより、構造的に動けない。これが二次請け以下で「単価が上がらない」と言われる本当の理由だ。
二次請け以下を見抜く面談前チェックリスト
二次請け以下の案件に入ってしまう前に、面談・選考の段階で見抜くポイントを整理する。
1. 求人票・案件票での確認ポイント
| 確認項目 | 一次請け(健全) | 二次請け以下(要注意) |
|---|
| エンドクライアント名 | 明記されている | 「大手SIer」「グループ会社」など曖昧 |
| 取引先構成 | 顧客企業名のリストが公開 | 「取引先は応相談」 |
| 単価開示 | 案件単価を提示できる | 単価非開示が原則 |
| 契約形態 | 準委任・直接契約 | 「協力会社経由」と明記 |
2. 面談で必ず聞く質問
商流を確認するための直接的な質問は以下の3つ。
- 「この案件は御社からエンドクライアントへの直接契約ですか?」
- 「直接です」と即答できれば一次請けの可能性が高い
- 「上に元請けがいて」と答える場合は二次請け以下
- 「この案件で何社の契約を経由しますか?」
- 1社(自社のみ)なら一次請け
- 2社以上なら二次請け以下
- 「契約書に何社の社名が書かれますか?」
- 自社とエンドの2社だけなら一次請け
- 3社以上の社名が並ぶ場合は多重請け
回答を濁す、明言を避ける、「営業側で確認します」と保留する——どの反応も、構造的に答えにくい商流であるサインと考えていい。
3. 入社後でも確認できるサイン
すでに案件に入っている場合は、契約書・就業先証明書・指揮命令系統で商流を確認できる。
- 契約書に自社以外の複数の社名(元請け・一次下請けなど)が並んでいる
- 入館証・就業先の建物がエンドクライアントの自社ビルではなく、複数の協力会社が共有するフロア
- 朝会や定例で「上の会社の◯◯さんから」「△△社経由で」という発言が頻出
これらのサインがある場合、自分が三次請け以下に入っている可能性が高い。
二次・三次請けの「見抜き方」をもっと網羅的に整理した内容は、SES多重派遣の見分け方で扱っている。
商流を浅くするための交渉術
交渉できる範囲は「会社の中」までしかない
最初に厳しい話をする。商流の深さそのものは、エンジニアが現場で交渉してもほとんど変わらない。なぜなら、商流は契約の構造であって、自社が一次請けの案件を持っていない限り、現場交渉でエンド直に切り替わることはないからだ。
つまり、商流を変えたければ、変える対象は「会社の中で持っている案件のうち、自分にどれをアサインするか」になる。
自社内で商流の浅い案件を引き寄せる3つの動き
- 担当営業に「商流の浅い案件を希望」と明示する
- 「次の案件は一次請け、できなければ二次請けの上位希望」と具体的に伝える
- 営業側は「希望を聞かれていないからアサインしなかった」というケースが想像以上に多い
- 自分のスキルセットを商流の浅い案件向きに寄せる
- 一次請け案件で取りやすいのは「クラウド」「上流工程」「PM/PMO」「セキュリティ」
- 言語実装単独より、設計・要件定義経験を持つほうが一次請け案件にアサインされやすい
- 「現職の単価が商流の段数で削られている」と数値で交渉する
- 「同スキルの一次請け平均は月◯◯万円、現職は△△万円。差額の理由を共有してほしい」
- 数字で詰めれば、会社側も商流以外の合理化(評価制度・別案件提案)で応える余地が出る
会社を変えるべきラインの判断基準
自社内で動いても商流が浅くならない場合、会社の所属案件構成自体に偏りがある可能性が高い。以下の基準のうち2つ以上当てはまるなら、会社を変えることを検討すべきだ。
- 自社が直接エンドクライアントと取引している案件が全体の30%未満
- 単価開示・マージン開示の制度がない
- 商流を質問しても「機密」「業界慣習で答えられない」と返ってくる
- 過去2年で単価が一度も改定されていない
商流の浅い会社の見分け方はプライム案件(一次請け)SESとは?、マージン開示のレベル分けはSESのマージン開示には3段階あるで詳しく扱っている。
まとめ
同じスキル・同じ業務内容でも、所属するSES企業が一次請けか二次請け以下かで、エンジニアの年収は100万〜300万円変わる。これはエンジニアの実力差ではなく、会社が握っている契約の構造で決まる差だ。
二次請け以下に入っている場合、現場での交渉で商流そのものを変えることはほぼできない。動かせるのは「自社内で商流の浅い案件にアサインしてもらう」「商流の浅い会社に所属を変える」の2つだ。
面談時に「この案件は何社の契約を経由しますか」と一言聞くだけで、自分がこれから入ろうとしている案件の商流が見える。これを聞ける会社・聞けない会社の差は、入ってからの年収差として静かに積み上がっていく。
Heyday代表として最後に書いておくと、商流を開示できることは経営側の信頼の出し方そのものだ。聞かれて答えられない構造のまま放置している会社が多すぎる、というのが業界の現状であり、ここから変えていきたいと考えている。