Heyday株式会社代表の小川将司だ。
「マージンを公開しています」——この言葉を掲げるSES企業が増えてきた。エンジニアの情報リテラシーが上がり、不透明な企業が選ばれなくなってきた証拠だ。この流れ自体は歓迎すべきことだ。
しかし、経営者の立場から言わせてもらうと、「マージン公開」の中身は企業によってまったく異なる。同じ「公開しています」という言葉の裏に、情報量の差が3段階ある。
この記事では、マージン開示の3つのレベルを具体的に定義し、各レベルの実態と、エンジニアが確認すべき質問を解説する。
「マージン公開」が意味するものは企業ごとに違う
なぜ開示レベルの差が生まれるのか
SES企業がマージンを「公開する」と決めたとき、何をどこまで見せるかは経営判断だ。全部見せる企業もあれば、一部だけ見せて「公開しています」と言う企業もある。
これは悪意があるケースばかりではない。「還元率を伝えれば十分だろう」と考えている経営者もいれば、「契約単価は守秘義務の対象だから出せない」と判断している経営者もいる。
ただし、エンジニアの立場に立てば、開示レベルの差は報酬を正しく評価できるかどうかに直結する。だからこそ、開示レベルの違いを知っておくことが重要だ。
Level 1: 還元率のみ開示——「80%還元」の落とし穴
Level 1の定義
Level 1は、SES企業が「還元率」の数字だけを公開しているケースだ。「還元率80%」「業界最高水準の還元率」といった表記がこれに該当する。
求人広告やLPで最も多いのが、このLevel 1だ。数字が出ている分、何も出していない企業よりは良い。しかし、この数字だけでは報酬の実態を把握できない。
Level 1の問題点: 計算ベースが不明
「還元率80%」と言われたとき、何の80%なのか。ここに落とし穴がある。
計算パターンA: 額面給与ベース
エンジニアの額面給与 / 契約単価 = 還元率
契約単価70万円に対して額面56万円であれば、還元率80%。この計算は最もシンプルで、エンジニアに分かりやすい。
計算パターンB: 社会保険料込みベース
(エンジニアの額面給与 + 社会保険料の企業負担分)/ 契約単価 = 還元率
同じ契約単価70万円で額面49万円の場合、社会保険料の企業負担(額面の約15%、7.4万円)を加えると56.4万円。「還元率80%」と表記できる。しかしエンジニアの額面は49万円であり、額面ベースの実質還元率は70%だ。
計算パターンC: 交通費・福利厚生費込みベース
さらに交通費や研修費用を含めて計算している企業もある。この場合、見かけの還元率は高くなるが、エンジニアの額面はさらに低くなる。
Level 1で確認すべき質問
Level 1の企業に対しては、以下の質問をすべきだ。
- 「還元率の計算に、社会保険料の企業負担分は含まれていますか?」
- 「額面給与だけで計算した場合の還元率は何%ですか?」
- 「交通費や福利厚生費は還元率の計算に含まれていますか?」
この質問に即答できない企業は、そもそも還元率の定義を曖昧にしている可能性がある。
Level 2: 還元率+契約単価を開示——「見える化」の半歩先
Level 2の定義
Level 2は、還元率に加えて、案件ごとの契約単価をエンジニアに開示しているケースだ。「あなたの案件の契約単価は70万円で、還元率は75%です。したがって額面は52.5万円です」という説明ができる。
Level 1と比べると、情報量は格段に多い。エンジニアは自分の報酬の計算根拠を理解でき、他社と比較する材料も得られる。
Level 2の限界: マージンの中身が見えない
Level 2でも見えないものがある。マージンの内訳だ。
契約単価70万円、還元率75%の場合、マージンは17.5万円。この17.5万円の中身が以下のどちらかによって、企業の実態はまったく異なる。
パターンX: コストが大きく、利益が薄い企業
| 内訳 | 金額 |
|---|---|
| 社会保険料企業負担 | 7.9万円 |
| 営業コスト按分 | 4.0万円 |
| 管理コスト按分 | 2.5万円 |
| 採用コスト按分 | 1.5万円 |
| 営業利益 | 1.6万円 |
営業利益率は約2%。このSES企業は還元率を上げる余地がほぼない。
パターンY: コストが小さく、利益が厚い企業
| 内訳 | 金額 |
|---|---|
| 社会保険料企業負担 | 7.9万円 |
| 営業コスト按分 | 1.5万円 |
| 管理コスト按分 | 1.0万円 |
| 採用コスト按分 | 0.5万円 |
| 営業利益 | 6.6万円 |
営業利益率は約9%。エンジニアから見ると「同じ還元率75%」だが、企業の余力はまったく異なる。
この違いは、Level 2の開示範囲では見えない。
Level 2でも見えないもう一つの情報: 商流
契約単価が70万円だとして、その70万円はエンドクライアントが直接支払った金額なのか、元請けが中間マージンを取った後の金額なのか。この情報がなければ、「自分がどれだけの経済的価値を生み出しているか」の全体像が見えない。
エンドクライアントが100万円を支払い、元請けが15%取って85万円、二次請けが12%取って74.8万円——その74.8万円が「契約単価」として開示されている場合、エンド単価に対する実質還元率は以下のようになる。
74.8万円 × 75% = 56.1万円(エンジニア額面) 56.1万円 / 100万円 = 56.1%(エンド単価に対する実質還元率)
「還元率75%」と言われても、エンド単価ベースでは56%しか届いていない。商流の情報がなければ、この事実に気づけない。
Level 2で確認すべき質問
- 「この案件は何次請けですか?」
- 「エンドクライアントが支払っている金額は把握されていますか?」
- 「マージンの中で営業利益はどの程度を占めていますか?」
- 「今後、単価交渉を行う余地はありますか?」
Level 3: 契約単価+マージン内訳+商流をフル開示——Heydayが実践する水準
Level 3の定義
Level 3は、以下の情報をすべてエンジニアに開示するケースだ。
- 案件ごとの契約単価
- 還元率の計算方法と計算根拠
- マージンの内訳(社会保険料・営業コスト・管理コスト・営業利益の概算)
- 商流の深さ(何次請けか)
- 可能な場合、エンドクライアントの発注金額
Heydayはこの水準で開示を行っている。
Level 3で開示される情報の具体例
実際にHeydayでエンジニアに案件を紹介するとき、以下のような情報を提供している。
案件紹介時の説明例:
「この案件はエンドクライアントとの直接契約(一次請け)で、契約単価は月75万円です。Heydayのマージンは約25%で、内訳は社会保険料企業負担が約8.4万円、営業・管理コストが約6万円、残りの約4万円が営業利益です。あなたの額面は56.3万円になります。」
「この案件はXX社経由の二次請けで、エンド単価は90万円です。XX社のマージンが10%入って、Heydayへの支払いは81万円。ここからHeydayのマージン25%を引いて、あなたの額面は60.8万円です。一次請けの案件と比べて商流が一段深い分、額面は下がります。この情報を踏まえた上で、判断してください。」
なぜLevel 3がSES業界で少ないのか
Level 3の開示を行っているSES企業は、業界全体でみるとまだ少数だ。経営者の立場から、その理由を率直に述べる。
理由1: マージン内訳を見せると「利益が少ない」ことがバレる
多くのSES企業は、マージン率の割に営業利益が薄い。社会保険料や営業コストを差し引くと、エンジニア1人あたりの月間利益が3〜5万円しかないケースは珍しくない。この「薄利」を見せることに抵抗がある経営者は多い。「こんなに利益が少ないなら、もっと還元率を上げられるのでは」と言われることを恐れている。
理由2: 商流を開示すると三次請け・四次請けの実態が露呈する
商流が深いSES企業は、「うちは二次請けまでです」と説明しているケースでも、実態は三次請けだったということがある。商流を正直に開示すると、エンジニアの離脱リスクが上がる。
理由3: 開示の仕組みを作るコストがかかる
Level 3の開示を行うには、案件ごとにマージン計算を整理し、商流情報を営業部門から集約し、エンジニアに説明するフローを構築する必要がある。小規模SES企業では、この仕組み化にリソースを割くことが難しい。
なぜLevel 3が経営上合理的なのか——経営者としての判断
「開示したら困る」は短期思考
Level 3の開示を避ける理由の多くは、「エンジニアに知られたくない数字がある」ことに集約される。マージンが高すぎる、商流が深すぎる、計算方法が不利——いずれも「現状を変えたくない」という動機が根底にある。
しかし、情報を隠し続けることのコストは年々上がっている。
離職コスト: エンジニアが「この会社は情報を隠している」と感じて退職した場合、後任の採用コストは50〜150万円。紹介手数料、求人広告費、面接工数、オンボーディング期間の機会損失を含めると、この金額は保守的な見積もりだ。
採用コスト: 情報開示を求めるエンジニアが増えた結果、「マージン非開示」の企業は求人応募数が減少する傾向にある。広告費を増やしても、応募者の質と量が改善しない。
レピュテーションコスト: OpenWorkやエンジニアコミュニティでの口コミで「単価を教えてくれない」と書かれると、その後の採用活動に長期的なダメージを与える。
Level 3開示の経営メリット
Heydayが実感している、Level 3開示の具体的なメリットを述べる。
メリット1: 定着率の向上
エンジニアが報酬の根拠を理解しているため、「納得して働いている」状態が維持される。不満の発生源が明確になるので、対処も早い。業界平均の在籍期間は14〜18ヶ月とされるが、Heydayではこれを上回る水準で推移している。
メリット2: 紹介採用の増加
情報を開示されたエンジニアは、その透明性を他のエンジニアに話す。「Heydayは単価も商流も全部教えてくれる」という口コミが紹介につながる。求人広告費をかけずにエンジニアが集まる構造は、SES企業にとって最も理想的な採用モデルだ。
メリット3: 価格交渉の合理化
エンジニアから「もっと上げてほしい」と言われたとき、マージン内訳を示して「営業利益はこれだけです。還元率をこれ以上上げると、事業維持ができません」と説明できる。数字があるから、感情論ではなく構造的な議論になる。
メリット4: 経営の自己規律
開示を前提にすると、「後ろめたいマージン設定はできない」という自己規律が働く。これは経営者にとって、健全な歯止めになる。過剰なマージンを取る誘惑が構造的に排除される。
