私がHeydayを創業したのは、SES業界の「おかしさ」を正面から変えたかったからだ。
Heyday株式会社代表の小川将司が、SES経営者の立場からマージンの話をする。エンジニア向けの情報発信では「マージンは中抜きだ」「SES企業は搾取している」という論調が目立つ。一方、SES経営者がマージンについて本音を語ることはほとんどない。
この記事では、SES企業がマージンを隠す「経営上の合理性」を認めた上で、それでもなお開示を選んだ判断を、経営者のリアルな視点で書く。
SES企業がマージンを隠す3つの合理的理由
はじめに断っておくこと
「マージンを隠す企業は悪だ」という単純な構図では語れない。SES経営者の多くは、合理的な理由があって非開示を選んでいる。その理由を理解しないまま「中抜きだ」と批判しても、業界構造は変わらない。
まず、隠す側の論理を正確に理解する必要がある。
理由1: 価格競争の回避
SES業界で最も多い非開示の理由が、これだ。
マージン率を開示すると、エンジニアは他社と比較する。「A社は還元率70%、B社は75%、C社は80%」——この比較が始まると、還元率の数字だけが採用の決め手になる。結果として、SES企業は還元率を上げ続けるしかなくなり、利益が圧迫される。
これは経営者として切実な問題だ。
SES企業の営業利益率は、業界平均で5〜10%。エンジニア1人あたりの月間営業利益が3〜7万円というのが現実だ。ここから還元率を2%上げるだけで、営業利益は月1〜2万円減る。30人の稼働エンジニアがいる企業なら、年間360〜720万円の利益減。中小SES企業にとっては致命的な金額だ。
「マージンを開示しなければ、還元率競争に巻き込まれない」——これは経営者として合理的な判断だ。
理由2: エンジニアの不満管理
マージンを開示すると、エンジニアは「自分はこれだけ取られている」と感じる。たとえマージンの中にSES企業の正当なコスト(社会保険料、営業費、管理費)が含まれていても、「毎月20万円取られている」という数字のインパクトは大きい。
非開示の状態であれば、エンジニアは「まあ、こんなものだろう」と受け入れる。数字を知らないから、不満の焦点が定まらない。漠然とした不満はあっても、「具体的にいくら損しているか」を計算できないため、転職のトリガーにはなりにくい。
これは人間の心理として理解できる。情報が増えると不満が増える。知らなければ問題にならなかったことが、知った途端に問題になる。SES経営者の中には、「情報を出さない方がエンジニアは穏やかに働ける」と本気で信じている人もいる。
理由3: クライアントとの関係維持
SES企業がクライアント(発注元)から受け取る契約単価を開示すると、クライアント側にも情報が伝わる可能性がある。エンジニアが「自分の契約単価は70万円だ」とSNSに書いたり、同僚に話したりすることで、クライアント側が「そんなに払っているのか」「もっと安くならないのか」と価格交渉を仕掛けてくるリスクがある。
また、商流の情報を開示すると、エンジニアが中間企業を飛ばしてエンドクライアントと直接契約しようとするケースもある。SES企業にとっては、自社の存在意義を脅かされることになる。
隠す合理性は認める。しかし、隠すことのデメリットは無視できない
デメリット1: 離職率の上昇
マージンを非開示にしている企業のエンジニアは、常に「本当にこの報酬で正しいのか」という疑念を抱えている。この疑念は時間とともに大きくなる。
きっかけは些細なことだ。エンジニア仲間との飲み会で「うちは単価75万円で還元率75%だよ」と聞いたとき、自分の報酬を計算できないエンジニアは「もしかして損しているのでは」と感じる。この疑念が転職活動のトリガーになる。
業界平均のSESエンジニアの在籍期間は14〜18ヶ月とされている。この短さの背景には、報酬の不透明さが生む疑念が確実にある。
離職1件あたりのコスト:
- 後任の採用費(広告費 or 紹介手数料): 30〜100万円
- 採用にかかる社内工数: 15〜30万円相当
- オンボーディング期間(生産性ゼロの期間): 1〜2ヶ月分の粗利損失
- クライアントへの要員交代対応工数: 5〜10万円相当
保守的に見積もって、エンジニア1名の離職コストは80〜200万円。 マージンを開示して定着率が5%改善するだけで、このコストの一部が回収できる。
デメリット2: 採用コストの増加
2024年以降、エンジニアの情報リテラシーは劇的に上がった。SES企業の面接で「マージン率を教えてください」と聞くエンジニアが増えている。求人サイトの口コミに「単価を教えてくれない」と書かれる企業は、応募者数が減少する。
マージン開示を行っている競合企業がいる市場で、非開示の企業が採用活動を行うと、同じ広告費で獲得できるエンジニアの数が減る。結果として、1人あたりの採用コストが上がる。
具体的な数字:
- 求人広告経由のエンジニア1名あたり獲得コスト: 5〜15万円(応募まで)
- 紹介会社経由の獲得コスト: 年収の30〜35%(年収450万円なら135〜157万円)
- 紹介(リファラル)経由の獲得コスト: ほぼゼロ(紹介報酬3万円程度)
透明性の高い企業は紹介採用の比率が上がるため、採用コスト全体が下がる。これは数字で確認できるファクトだ。
デメリット3: 業界全体の信頼低下
SES企業全体がマージンを隠し続けると、「SES = 中抜き」というイメージが固定化する。このイメージは、SES企業で働くことを選択肢から外すエンジニアを増やす。結果として、SES業界全体のタレントプールが縮小する。
これは個社の問題ではなく、業界構造の問題だ。しかし、個社が「自社だけでも変える」という判断をすることで、業界全体に影響を与えることはできる。
デメリット4: 口コミリスクの顕在化
情報を隠している企業のリスクは、「退職したエンジニアが本当のことを暴露する」ケースだ。在籍中は守秘義務で口をつぐんでいたエンジニアが、退職後にSNSやコミュニティで「あの会社のマージンはXX%だった」「三次請けなのに二次請けと言っていた」と発信する。
この種の口コミは、企業にとってコントロール不能だ。開示していれば「知っていた上で働いていた」となるが、隠していた場合は「騙されていた」という感情が乗る。後者の口コミは、前者よりもはるかにダメージが大きい。
私がHeydayで開示を選んだ経営判断のプロセス
創業時の選択: 「隠すか、見せるか」
Heydayを創業するとき、マージンの開示方針は最初の経営判断の一つだった。
選択肢は3つあった。
選択肢A: 非開示(業界標準に従う)
メリットは明らかだ。価格競争を避けられる。エンジニアの不満管理がしやすい。クライアントとの関係もリスクが少ない。SES業界で成功している先輩企業の多くがこの方針を取っている。
選択肢B: 部分開示(還元率のみ公開)
「還元率XX%」と打ち出すことで、採用市場での差別化ができる。一方で、計算ベースを曖昧にすれば、見かけの還元率を高く見せることも可能だ。多くの「高還元SES」がこの方式を採用している。
選択肢C: フル開示(契約単価・マージン内訳・商流を全開示)
エンジニアに全ての情報を渡す。メリットは信頼構築。デメリットは、還元率競争に巻き込まれるリスクと、クライアントへの情報漏洩リスク。
なぜ選択肢Cを選んだのか
理由は3つある。
理由1: 「後ろめたいことは何もしない」を経営原則にした
私は「自分がエンジニアだったら、どういう会社で働きたいか」を基準に経営方針を決めた。もし自分がSESエンジニアなら、契約単価もマージンも商流も知りたい。知らされない理由が「会社の都合」だと分かったら、その会社に信頼は置かない。
自分がされて嫌なことは、しない。この原則を守るなら、フル開示しか選択肢がなかった。
理由2: 中長期の経営合理性
短期的には非開示の方が楽だ。しかし、5年・10年の時間軸で見たとき、透明性のある企業とない企業のどちらが生き残るか。
エンジニアの情報リテラシーは今後も上がり続ける。口コミの影響力は今後も増し続ける。非開示のコストは今後も上がり続ける。5年後に「やっぱり開示しよう」と方針転換するくらいなら、最初から開示する方が一貫性がある。
理由3: 差別化戦略としての合理性
SES業界は参入障壁が低く、同質化しやすい。「案件豊富」「キャリア支援」「エンジニアファースト」——どの企業も同じことを言っている。この中で「マージン・単価・商流をすべて開示する」は、明確な差別化ポイントになる。
しかも、この差別化は模倣されにくい。なぜなら、フル開示を行うには経営構造そのものを透明にする必要があるからだ。マージンが高すぎる企業、商流が深すぎる企業は、模倣したくてもできない。
開示後に何が起きたか——率直な結果報告
起きたこと1: エンジニアからの質問が増えた
開示を始めた直後、エンジニアからの質問は確実に増えた。「なぜこのマージン率なのか」「もう少し下げられないのか」「この案件の商流をもっと浅くできないか」——こうした質問が日常的に来るようになった。
これは予想通りだった。そして、この質問に対して構造的に回答できることが、結果的にエンジニアとの信頼関係を強化した。
「営業利益は月XX万円で、これを削るとサポート体制が維持できなくなる」と説明すれば、多くのエンジニアは納得する。数字を示しての議論は、「信じてくれ」「任せてくれ」よりもはるかに説得力がある。
起きたこと2: 紹介が増えた
開示を受けたエンジニアが、他のエンジニアに「Heydayは全部教えてくれる」と話す。この口コミが紹介につながるケースが増えた。
紹介採用は、求人広告経由と比べて以下の点で優れている。
- 採用コストがほぼゼロ(紹介報酬のみ)
- 入社前にリアルな情報を得ているため、ミスマッチが少ない
- 紹介者が存在することで、入社後の孤立感が低い
- 定着率が高い
起きたこと3: 還元率競争には巻き込まれなかった
フル開示を行っている以上、「還元率だけの勝負」にはならない。エンジニアは還元率の数字だけでなく、マージンの内訳、商流の浅さ、サポート体制を総合的に評価する。
「還元率85%だが商流が三次請けで、エンド単価に対する実質還元率は55%」という企業と、「還元率75%だが一次請けで、エンド単価に対する実質還元率も75%」という企業。フル開示があれば、エンジニアはこの違いを正確に把握できる。
還元率の数字だけで勝負する企業は、フル開示の企業にとって脅威ではない。
起きたこと4: クライアントとのトラブルは起きなかった
「単価を開示するとクライアントに情報が漏れる」という懸念があった。しかし実際にトラブルになったケースはない。理由は2つある。
1つ目は、エンジニアに「この情報はあなたのキャリア判断のためにお伝えしているものです」と説明し、取り扱いについての理解を求めていること。
2つ目は、開示している情報が「契約単価」であり、「クライアントの予算や内部情報」ではないこと。エンジニアが自分の契約条件を知ること自体は、法的にも倫理的にも問題がない。
「なぜ中抜きするのか」への直接的な回答
「中抜き」という表現について
エンジニアが使う「中抜き」という言葉に、SES経営者として率直に向き合う。
「中抜き」という言葉には、「不当に利益を取っている」というニュアンスが含まれている。SES企業のマージンが本当に「不当」かどうかは、マージンの中身による。
前述の通り、マージン25%の中には社会保険料の企業負担(約15%)、営業コスト、管理コスト、採用コストが含まれている。単価70万円、還元率75%の場合、Heydayの営業利益は月2万円程度だ。これを「中抜き」と呼ぶかどうかは、読者の判断に委ねる。
問題のある「中抜き」とは
ただし、業界全体を見ると、問題のある中抜きは確かに存在する。以下のケースだ。
ケース1: マージン率40%以上で、サービス内容が貧弱な企業
マージン率40%ということは、単価70万円のエンジニアに42万円しか払わない。マージン28万円のうち、社会保険料(6.3万円)と最低限の管理コスト(5万円程度)を差し引いても、16万円以上が利益。営業利益率23%は、SES企業としては異常に高い。
このレベルのマージンを取りながら、キャリア支援もスキルアップ支援もない企業は、「中抜き」と批判されても仕方がない。
ケース2: 多重商流で、各レイヤーがマージンを取るだけの企業
エンドクライアントが100万円を払い、4社を経由してエンジニアに届くのが53万円。各中間企業がやっていることは「右から左に流すだけ」で、営業活動もサポートも提供していない。このケースは、構造的な中抜きだ。
ケース3: 単価を非開示にして、エンジニアに不当に低い報酬を払っている企業
単価80万円の案件に対して、エンジニアに「この案件は月40万円です」と伝える。還元率50%であることをエンジニアは知らない。これは「隠す」ことで成立する搾取だ。
構造を変えるために必要なこと
これらの問題を解決するのは、SES企業の「良心」ではない。エンジニアの「情報武装」だ。
単価を知る。商流を知る。還元率を知る。この3つの情報を持つエンジニアは、問題のある企業に留まらない。情報が行き渡れば、問題のある企業は自然に淘汰される。
だから私は開示する。Heydayだけが変わっても、業界は変わらない。しかし、開示する企業が増え、情報を持つエンジニアが増えれば、業界全体の構造は確実に変わる。
SES経営者として、エンジニアに伝えたいこと
「聞く」ことを遠慮しないでほしい
面接や面談の場で、マージンや商流について質問することを「失礼」だと感じるエンジニアがいる。気持ちは分かる。しかし、自分の報酬の根拠を確認することは、失礼でも何でもない。当然の行為だ。
転職の場面で年収を聞かない人はいない。SESの場合も同じだ。契約単価、還元率、商流——これらは「年収の根拠」であり、確認して当然の情報だ。
「聞けない空気」を作る企業を見極めてほしい
面接で「マージンについて聞いていいですか?」と切り出したとき、面接官の反応が最大の判断材料だ。
良い反応:
- 「ぜひ聞いてください。当社の方針をご説明します」
- 「具体的な数字は案件ごとに異なりますが、計算方法はこうです」
警戒すべき反応:
- 「それは入社後にお伝えします」
- 「業界の慣習として、面接段階ではお答えできません」
- 「そういった質問をされる方は少ないですね」
3つ目の反応は特に注意が必要だ。「聞く人が少ない」ことを暗に「聞くべきではない」と伝えている。
数字を持って判断してほしい
「良い会社」「悪い会社」の判断は、感覚ではなく数字で行うべきだ。
確認すべき数字は3つだけだ。
- 契約単価(クライアントが払う金額)
- 還元率(額面ベース。社会保険料の企業負担を含まない)
- 商流の深さ(何次請けか)
この3つが分かれば、「自分の報酬が適正かどうか」を自分で判断できる。判断できる状態を作ることが、キャリアを守る最初のステップだ。
まとめ
SES企業がマージンを隠す3つの合理的理由:
- 価格競争の回避(還元率競争に巻き込まれたくない)
- エンジニアの不満管理(数字を知ると不満が具体化する)
- クライアントとの関係維持(単価情報の漏洩リスク)
隠し続けることの4つのデメリット:
- 離職率の上昇(疑念が転職トリガーになる。1件あたり80〜200万円の離職コスト)
- 採用コストの増加(非開示企業は応募数が減少傾向)
- 業界全体の信頼低下(「SES = 中抜き」イメージの固定化)
- 口コミリスク(退職者による暴露は企業にコントロール不能)
Heydayがフル開示を選んだ理由:
- 「後ろめたいことは何もしない」という経営原則
- 中長期の経営合理性(透明性 → 信頼 → 紹介 → 採用コスト削減)
- 差別化戦略(模倣されにくい競争優位)
開示後の結果:
- エンジニアからの質問は増えたが、信頼関係は強化された
- 紹介採用が増え、採用コストが下がった
- 還元率だけの競争には巻き込まれなかった
- クライアントとのトラブルは発生しなかった
Heyday株式会社 代表取締役
小川 将司(おがわ まさし)
よくある質問(FAQ)
Q. マージンを開示している企業は本当に信頼できますか?
開示していること自体は信頼のシグナルだが、それだけでは不十分だ。重要なのは「何を開示しているか」の深さだ。還元率の数字だけを出して「開示しています」と言う企業(Level 1)と、契約単価・マージン内訳・商流をすべて出す企業(Level 3)では、情報量が根本的に異なる。開示の「深さ」を確認する具体的な方法はマージン開示の3段階を解説した記事で詳述している。
Q. マージンが高い企業は悪い企業なのですか?
一概には言えない。マージン率30%でも、そこから充実したキャリア支援・待機保証100%・研修制度を提供している企業であれば、エンジニアにとっての実質的な価値は高い。逆にマージン率20%でも、サポートが一切ない「右から左に流すだけ」の企業であれば、エンジニアにとってのメリットは少ない。マージンの「率」ではなく「内訳」と「対価として得られるサービス」で判断すべきだ。
Q. 経営者として、どの程度の営業利益率が適正だと考えますか?
私の見解では、SES企業の営業利益率は5〜8%が健全な範囲だ。これ以下だと事業維持が困難になり、エンジニアへのサポート体制が劣化する。これ以上(特に15%超)であれば、還元率を上げるか、サービス品質を向上させる余地がある。もちろん、規模や事業モデルによって最適値は異なるが、「営業利益を最大化すること」がSES経営の目的であってはならない。エンジニアに適正な報酬を届けることが目的であり、営業利益はそのための事業を維持する手段だ。
まず、自分の市場単価を把握してほしい
マージンの議論も、商流の議論も、自分の市場単価を知ることから始まる。言語・経験年数・クラウドスキルを入力するだけで、3分で市場単価レンジが分かる。メールアドレスは不要だ。
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