「SES ひどい」と検索したあなたへ — まず認める
「SES ひどい」と検索しているなら、今の現場で何かが壊れているか、これから入る現場に強い不信感があるはずだ。
最初に書いておく。その認識は、おおむね正しい。
私はHeyday株式会社の代表として、IT業界12年・SES事業6年を経営してきた。同業の経営者と話し、エンジニア面談を続け、案件の商流を裏側から見てきた立場として言う。SES業界には「ひどい」と表現するしかない構造問題が確かに存在する。
ただし、転職エージェントや比較メディアが書く「実はいいSESもあります」という記事を読んでも、何も解決しない。彼らはSES企業から紹介手数料を得る立場なので、「業界自体がひどい部分」には踏み込めないからだ。
この記事では、SES経営者である私が、自社(Heyday)も含めて業界の構造問題を4つ正直に書く。その上で「Heydayがひどかった部分」も自己批判として書き、ひどいSESを避ける判断軸を提示する。
関連: SES 地獄は本当か — 80案件データで解剖 / SESの闇 — 業界6年の経営者が名指しする悪習5つ
ひどい理由1: 商流の深さがエンジニアの単価を削る
エンドクライアント(実際にエンジニアを使う発注元)からエンジニアの所属企業まで、間に複数のSES企業が入る構造を「多重下請け」「商流の深さ」と呼ぶ。
エンドクライアント(月額130万円支払う)
↓ 元請け(手数料10〜15%)
↓ 1次請け(手数料5〜10%)
↓ 2次請け(手数料5〜10%)
↓ 3次請け=自社(マージン30〜40%)
↓ エンジニア月給:30〜35万円
エンドクライアントが130万円払っているのに、エンジニア本人の手元には30万円台しか届かない。差額は各社の手数料・マージン・社会保険会社負担分に消える。
なぜ起きるか(経営者視点):商流が深い案件は中小SES企業から見れば「営業コストがかからず、案件が安定して降ってくる」構造だ。元請けが取った案件の余剰が回ってくる。経営はラクで、収益も読みやすい。一方で商流の浅い案件(エンド直・1次まで)を取るには、自社で2〜3年かけて信頼関係をゼロから作る必要がある。短期で利益を出す経営判断の結果、商流の深い案件中心の企業が増える。
エンジニア側の損失:自分が「いくらで売られているか」を知らされない。スキルが上がっても、商流の段数で給与が天井になる。「3年働いて月給5万円しか上がらない」のは、商流の深さが原因のことが多い。
関連: SES企業の選び方 — 商流の見抜き方
ひどい理由2: マージン率が不透明で「いくらで売られているか」分からない
SES契約では、所属企業がクライアントから受け取る「契約単価」とエンジニアに支払う「給与」の差額がマージンになる。業界平均は30〜40%と言われる。
問題は、多くの企業がエンジニアに対して契約単価そのものを開示しないことだ。「自分が月いくらで売られているか」「マージンは何%か」を知らないまま、給与だけ通知される構造になっている。
なぜ起きるか(経営者視点):マージン率を開示すると、経営側に不都合が3つ起きる。
- エンジニアが交渉してくる(マージンが見えると交渉根拠が渡る)
- 他社との比較で負ける(業界平均より高ければ転職時に流れる)
- 「還元率80%」と謳う企業に、計算根拠を示さない数字勝負で負ける
経営者がマージンを開示しない最大の理由は、「開示すると経営判断の自由度が下がる」からだ。エンジニアの利益のためではなく、自社の経営の都合で非公開にしている。これは認めるしかない。
エンジニア側の損失:給与交渉の根拠が作れない。「業界平均で見て自分の給与は妥当か」を判断する材料がない。さらに「還元率80%」と書いている企業も、計算式の分母(社保会社負担分・福利厚生費・教育費を含むかどうか)で実態は大きく変わる。
関連: SES還元率の相場 / マージン開示の3段階レベル
ひどい理由3: 案件ガチャでスキルが伸びない構造
SESは「営業が取ってきた案件」にアサインされる。エンジニア本人が案件を選ぶ仕組みではない(一部の優良企業を除く)。
結果として「案件ガチャ」が起きる。
- 「Pythonで機械学習」希望でアサインされたら、実態はExcelマクロの保守
- 「設計フェーズに入れる」と聞いていたが、実際はテスター業務
- 「最新技術」と説明されたが、現場はレガシーJavaの保守運用
しかも一度アサインされると、最低6〜12ヶ月は契約上抜けられない。スキルが伸びない現場で契約期間を消化させられる。
なぜ起きるか(経営者視点):SESの収益構造は「エンジニアを稼働させ続ける」ことが基本だ。空きが出ると売上ゼロになる。営業は「とにかくアサインさせる」インセンティブで動く。営業が「7割マッチする案件」を「ほぼ希望通りです」と説明して送り込むケースは業界全体で起きている。これも認める。
エンジニア側の損失:20代の貴重な1〜2年を希望と違う案件で消費する。スキルがズレた状態で契約が終わると、次のアサインでも同系統の案件しか提案されない(「Excel保守の経験者」というラベルが付く)。キャリアが営業のアサイン都合で決まる構造そのものが、SESの根本的なひどさだ。
関連: SES案件ガチャ — ハズレ案件が生まれる構造論
ひどい理由4: 情報非対称性 — エンジニアが業界の構造を知らなすぎる
SES業界は、エンジニア本人が「自分の市場価値・契約単価・商流の段数・マージン率の業界平均」を知らないまま働く構造になっている。
- 営業「弊社は還元率高いです」 → 計算式の説明はない
- 営業「業界水準より高い給与です」 → 業界水準の数字は出ない
- 営業「いい案件あります」 → 商流・エンドクライアント名は教えない
情報を持っているのは経営側・営業側だけで、エンジニア側は判断材料を持たない。
なぜ起きるか(経営者視点):情報非対称性は経営側の利益になる。エンジニアが業界平均を知らなければ給与を低く設定でき、マージン率を知らなければマージンを高く取れ、商流を知らなければ3次請けを「いい案件」と説明できる。情報を出さないことが利益になる構造が業界全体に染みついている。
エンジニア側の損失:「自分の現状が良いのか悪いのか判断できない」状態のまま、20代後半・30代前半が過ぎる。これがSES業界全体で起きている。
関連: SES業界の単価データ / エンジニア市場価値の上げ方
経営者として「Heydayがひどかった部分」を認める
ここまで業界全体のひどさを書いた。次に自社の話をする。創業初期、Heydayにも「ひどい」と認めるしかない部分があった。隠さずに書く。
自己批判1: 創業1〜2年目、商流の深い案件を多く受けていた
創業初期、自社で営業する余裕がなく、知り合いの元請けSES企業から「2次・3次請けの案件」を回してもらう形で売上を作っていた。エンジニアの単価は商流の段数だけ削れていた。当時のエンジニアには「これが業界の標準です」と説明していたが、それは経営側の都合だった。3年目以降、エンドクライアント直の案件比率を上げる方針に切り替えた。
自己批判2: マージン率を社内開示するのが遅かった
自社のマージン率を社内(エンジニアに対して)開示したのは創業4年目だ。それまでは「業界水準より低い」とだけ説明していた。開示が遅れた理由は、経営判断の自由度を残しておきたかった経営側の都合だ。エンジニアの利益のためではない。これは認める。
自己批判3: 案件アサインで「7割マッチ」を「希望通り」と説明したことがある
創業初期、案件の空きとエンジニアの希望が合わないとき、「7割マッチする案件」を「希望に近い案件」として送り込んだことが複数回ある。スキルアンマッチで現場で苦労させた事例は、自社にも存在する。今は「3つ以上の案件から本人が選ぶ」「商流とエンドクライアント名を事前開示する」運用に変えているが、過去の判断には責任がある。
なぜ自社の失敗を書くのか。理由は1つ。「業界がひどい」と書くなら、自社のひどさも認めるのが筋だからだ。これを書ける転職エージェントもSES企業もほぼ存在しない。彼らに自社の失敗を書くインセンティブがないからだ。Heydayは「業界の透明性プラットフォーム」を掲げる立場として、自社の失敗も含めて開示する。
ひどいSES企業を回避する判断軸5つ
エンジニアがひどいSES企業を回避するための判断軸を5つ示す。面接で実際に質問してほしい。
判断軸1: 商流の段数を聞いて答えるか
質問:「この案件のエンドクライアントは誰ですか?間に何社入っていますか?」
- 健全な企業:「エンドはA社、間に1次請けのB社が1社」と即答する
- ひどい企業:「守秘義務で言えません」「商流は気にしないで」と濁す
判断軸2: マージン率の計算根拠を説明できるか
質問:「マージン率は何%ですか? 計算の分母には社保会社負担分も含まれますか?」
- 健全な企業:「具体数値は非公開だが業界水準より低い。計算式は社保会社負担込みの実質還元率で説明できる」と論拠付きで答える
- ひどい企業:「還元率80%です」とだけ即答し、計算根拠を聞くと曖昧になる
判断軸3: 案件選択の主導権がエンジニア側にあるか
質問:「アサインは複数案件から本人が選ぶ形ですか? 営業が1案件だけ持ってくる形ですか?」
- 健全な企業:「3つ以上の案件を提示して本人が選ぶ運用」
- ひどい企業:「営業が最適案件を提案します」
「営業が最適」と言う時点で、選択肢は実質1つ。これは案件ガチャを受け入れる構造だ。
判断軸4: スキルシートの作成プロセス
質問:「スキルシートはエンジニア本人が記載しますか? 営業が修正しますか?」
- 健全な企業:「本人記載が原則。営業は誤字・表現の整理のみ」
- ひどい企業:「営業と相談しながら作ります」
「営業と相談」はスキルシートを盛る余地を残す表現だ。
判断軸5: 自社の失敗を語れるか
これが最重要。質問:「御社が過去に失敗したと感じている経営判断は何ですか?」
- 健全な企業:「創業初期は商流の深い案件を多く受けていた」など、具体的な反省を語る
- ひどい企業:「特にないです」「弊社は問題ありません」と即答する
自社の失敗を語れない企業は内省の文化がない。今後も同じ判断を繰り返す可能性が高い。
まとめ — 「SES ひどい」は業界の問題でもあり、企業の問題でもある
「SES ひどい」と検索したあなたの認識は、おおむね正しい。商流・マージン・案件ガチャ・情報非対称性の4つは、業界全体の構造問題として実在する。
ただし、業界全体がひどいわけではない。同じSESという契約形態で、4つの構造問題への対処を経営判断として組み込んでいる企業は実在する。Heydayもその1社であろうと努めている(過去の失敗は認めた上で)。
エンジニアが取るべき行動は次の3つだ。
- 業界の構造問題を理解する — 「SES全体がひどい」と一般化せず、何が構造問題なのかを言語化する
- 企業を5つの判断軸で見分ける — 商流・マージン・案件選択・スキルシート・自己批判の5項目で確認する
- 自分の市場価値を知る — 情報非対称性を解消するため、業界平均を把握する
「SES業界全体を避ける」のではなく、「ひどい企業を避けてクリーンな企業を選ぶ」のが、経済合理性に適った判断だ。そのために必要なのは、面接で表面の給与条件だけ確認するのではなく、上記5つの判断軸を質問することだ。