「お金というより、自分の価値が見えなかったんです。頑張ってるのか、頑張ってないのかもわからなくて」
渋谷のカフェの窓際の席で、T.Hさん(27歳・PHP/Laravel)はそう切り出した。入社3年を過ぎたあたりから、毎朝の通勤電車で感じていたという、うまく言語化できないモヤモヤについて。
「3年経って、コードは書けるようになってきた。でも何かが違う、という感じがずっとあって。それが何なのかわからなかった」
SES3年目でこのような感覚を持つエンジニアは少なくない。スキルは着実に伸びているのに、どこか手応えがない。その違和感がどこから来るのかを知らないまま、毎日が過ぎていく。
この記事では、T.Hさんが「このままでいいのか」という問いに答えを出すまでの半年間を、本人の言葉で追う。
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未経験から3年、確かにスキルは上がっていた
T.Hさんがエンジニアになったのは、25歳のときだ。前職は食品メーカーの営業職。エンジニアとしては完全な未経験で、採用されたのが不思議なくらいだったと苦笑する。
「内定をもらったとき、正直『本当にいいの?』って思いました。プログラミングスクールで3ヶ月やっただけの状態だったので」
最初の案件は、PHPで書かれた社内向け管理システムの保守だった。コードを読むだけで精一杯だった1年目。ロジックを自分で書けるようになった2年目。テーブル設計やLaravelのサービス層の実装を任されるようになった3年目。
「成長はしてたと思うんです。それは自分でもわかってた。ちゃんとできることが増えてきてる、って」
具体的に振り返ると、1年目はPHPの構文を覚え、既存コードの意味を読み解くのに一日の大半を使っていた。2年目になると、要件から自分でロジックを組めるようになり、Laravelのモデルやコントローラーの使い方が身についてきた。3年目には、テーブル設計の相談を受ける側になり、後から入ったメンバーのコードレビューも少しずつ任されるようになった。
「レビューで指摘できるようになったとき、ああ、自分ちゃんと成長してるんだな、とは思いました。でも同時に、それが何につながってるのかが見えなくて」
ただ。
「3年目の秋ごろから、なんか空回りしてる感じがして。スキルは上がってるのに、何かが満たされてない。仕事が楽しいかどうかもよくわからなくなってきて」
同期の「転職しました」
変化のきっかけは、同期からのLINEだった。
同じ時期にエンジニアになった友人が、別のSES企業に転職した。「どう?」と聞くつもりで軽く連絡したら、返ってきた内容が予想と違った。
「単価が月10万上がったって書いてあって。え、って。同じ経験年数で、同じくらいのスキルで、なんで10万変わるんだろうって」
その友人は、自分の案件単価をきちんと開示してくれる会社に移ったのだという。「単価がわかると、自分の価値がわかるから、次に何を勉強すればいいかも見えてくる」という言葉が印象に残った、とT.Hさんは言う。
そこから、T.Hさんは初めて「自分の単価」について調べ始めた。しかし情報がまったくつかめなかった。
「求人サイトを見ると『PHP経験者・月50〜70万』みたいな範囲だけで、自分が今いくらなのかが出てこないんです。エージェントの人に聞いても『案件によります』しか言われないし」
当時のT.Hさんの手取りは月29万円台。会社からの給与明細はあるが、自分のスキルシートがクライアントにいくらで出されているのかは知らなかった。
「知ろうとしたことも、実はなかったんです。聞いていい話なのかどうかもわからなかったし、営業の人に聞くのも変かなって」
SES業界では契約単価が非公開のままになっていることが多い。エンジニアが自分の市場価値を知る機会がそもそも設計されていない構造だ。SES転職の後悔談を集めた記事でも、「単価を知らないまま働き続けていた」という声は繰り返し出てくる。
半年、動けなかった
転職を考え始めてから、T.Hさんはほぼ半年間、何も動けなかった。
「怖かったんですよね。3年しかキャリアがなくて、自社開発の経験もなくて。転職活動して、書類で全部落ちたらどうしようって」
その間、T.Hさんが取った行動は小さかった。転職サイトに登録はしたが、プロフィールを埋める途中で止まった。「職務経歴書、何を書けばいいかわからなくて。SES3年ってどう書くの、って」
その間に一度だけ、現場の先輩エンジニアに「転職考えてるんですよね」と話したことがある。先輩は少し間を置いてから、「もったいないよ」と言った。
「『今の現場、もう少し慣れたら絶対楽になるから。それに転職市場、PHP勢は激しいよ』って。悪意がなかったのはわかるんです。でも、その言葉でまたブレーキが踏まれた感じがして」
先輩の言葉は嘘ではなかったかもしれない。でも、T.Hさんが求めていた情報ではなかった。「楽になる」という感覚の話ではなく、「自分は今どこにいるのか」という根拠が欲しかった。
とりあえず副業でLaravelの小さな開発案件を受けてみたり、フロントエンドの勉強を始めてみたりもした。ただ、それも何のためにやっているのかが見えないまま続けていた。
「漠然とスキルを積んでるだけで、方向性がなかった。どこに向かってるんだろうって、毎週のように思ってました」
T.Hさんはそこで少し視線を落として、「あの頃の自分、ちょっと思い出せないくらい霞がかかってる感じがします」と言った。
3年目の12月、年末の現場の打ち上げが終わって帰る電車の中で、T.Hさんはスマホで「PHP エンジニア 市場単価」と検索した。
「なんとなく、年明けには何か変えようと思って。あのとき検索しなかったら、たぶんまだ同じ場所にいたと思います」
数字を初めて見た
検索の先にあった診断ツールを試してみた。言語と経験年数、クラウド経験、希望する働き方をいくつか入力すると、市場単価のレンジが表示された。
「PHP、経験3年、Laravelあり、クラウド少しで——58万〜72万、って出たんです」
T.Hさんはしばらく、その数字を見つめていた。
「自分の手取りが月29万で、単価が58万から72万って、つまり……って計算して。すごく単純な話なんですけど、自分で計算するまでそれをしたことなかったんです。知ろうとしてなかったから」
この単価と手取りの差について、SES単価相場と手取りの仕組みを解説した記事で詳しく整理している。「自分の単価がいくらか知らない」という状態がなぜ生まれるのか、構造から理解できる。
画面の下に「詳細を相談する」というリンクがあった。年明けに、問い合わせフォームから連絡を入れた。
面談は翌週のオンラインだった。担当者が最初に言ったのは「T.Hさんの今のスキルセットで、市場でどう評価されているかをまず確認させてください」という言葉だった。
「前の会社の面談は、困ってることないですか?で終わってたので。単価の話をする気満々で始まったのが、最初から違いました」
担当者は画面共有で資料を出してきた。PHP/Laravel3年・副業実績あり・AWS基礎経験ありという条件に対して、想定される市場単価のレンジと、そこからHeydayが受け取るマージンの割合が、数字で示された。
「『透明にしてるのは、知った上で判断してほしいからです』って言われて。そういう理由なんだ、って思いました」
T.Hさんは画面の右上を見ながら、当時を思い出すように続けた。
「なんか、自分の輪郭がやっとわかった感じがしました。自分がいくらの人間なのかを、初めて第三者の目線で教えてもらえた」
転職先の条件をどう決めたか
Heydayとの面談の後、T.Hさんは転職先の条件について改めて整理する時間を持ったという。
「単価が上がることは前提として、もう一つ外せない条件があって。それが『案件を自分で選べること』でした」
SESのエンジニアにとって、どのプロジェクトに入るかは大きな差になる。同じスキルセットでも、案件の種類によって身につく経験が変わり、それが次の単価に影響する。T.Hさんは3年間、案件を選んだことが一度もなかった。
「配属される現場を告げられる形だったので。文句はなかったし、悪い現場でもなかったんですけど、自分がどこに行くかを全然コントロールできてなかった、って転職活動しながら気づいたんです」
Heydayでは入社前の面談で、希望する技術領域・現場の規模感・チーム体制などを詳しくヒアリングする。その上で複数の案件候補を提示し、最終的にエンジニア自身が選ぶ仕組みになっている。
「いくつかの案件の概要を送ってもらったとき、説明の中にちゃんと『想定単価:65〜72万』って書いてあったんです。見てすぐ、ここに決めようと思いました」
転職活動の全体の流れはSES転職の完全ガイドでまとめているので、動き始める前の参考にしてほしい。
転職して、3ヶ月経ったいま
転職後の案件は、ECサイトのバックエンド開発だ。PHP/Laravelが中心だが、フロントエンドにVue.jsも触れている。T.Hさんが担当者に「将来的にフルスタックに近い形にしたい」と伝えた希望が、そのまま案件選択に反映されていた。
「案件を2つ提示してもらって、自分で選んだんです。それだけのことなんですけど、前の会社では一度もなかった経験で」
現在の月単価は68万円。SES正社員としての給与に換算すると、手取りはおよそ41万円台——以前から12万円以上増えた計算だ。ただ、T.Hさんが「変わった」と感じているのはそこではないという。
「毎日の仕事に、根拠が生まれた感じがします。今の単価が68万で、これはLaravelとVue.jsができるエンジニアの相場のこのくらい、って知った上で働いてる。だから、何のために勉強するのかがわかる」
次のステップとして、AWS Certified Developerの資格を取ることを考えている。担当者から「この資格があると、単価レンジが5〜8万ほど上がる案件が増えます」と根拠を示された上でのアドバイスだ。
「方向性が見えてる。それだけで、ぜんぜん違うんです」
T.Hさんに、転職前後を数字で振り返ってもらった
取材の終盤、T.Hさんに転職前と後を数字で整理してもらった。
| 転職前 | 転職後(3ヶ月時点) |
|---|
| 月単価 | 非開示(不明) | 68万円 |
| 手取り | 約29万円 | 約41万円台 |
| 案件選択 | なし(配属通知のみ) | 2案件から自分で選択 |
| スキルの方向性 | 漠然としている | AWSで単価5〜8万アップを目標 |
| 情報の透明性 | マージン不明 | 面談時にレンジと割合を開示 |
「こうやって並べると、転職前の自分は情報がゼロだったんだな、ってわかります。数字が見えてなかっただけで、動けなかっただけで、やるべきことは変わってない」
「このままでいいのか」の答え
取材の最後に、3年目に感じていたモヤモヤの正体は何だったのかを聞いた。
T.Hさんは少し考えてから、こう答えた。
「情報がなかったんだと思います。自分がどこにいるのか、どこに向かってるのか、そのためのデータが全部ブラックボックスで。頑張っても頑張っても、手応えが返ってこない状態だった」
「転職してよかったのは、年収が上がったことだけじゃなくて。自分のキャリアに関係する情報が、やっと手に入るようになったことなんだと思います」
窓の外を見ながら、静かな声で続けた。
「あのモヤモヤ、名前がなかっただけで、同じように感じてる人って絶対いると思うんです。スキルが上がってるのに達成感がない、みたいな。——たぶん、数字を見るだけで、だいぶクリアになると思いますよ」
T.Hさん / 27歳 / PHP・Laravel・Vue.js / 正社員エンジニア
掲載にあたり、プライバシー保護のためイニシャル表記としています。取材は2026年4月に実施しました。
T.Hさんが半年感じていたモヤモヤは、市場単価を見た瞬間から動き始めた。
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