「単純に、救われたって感じです」
取材の終盤、K.Tさん(32歳・Java/AWS)はコーヒーカップに視線を落としながら、ぽつりとそう言った。声は静かだったが、迷いのない響きがあった。
救われた、とはどういう意味なのか。それを理解するには、彼がこの6年間、何を抱えてきたのかを聞く必要があった。
26歳、未経験からのスタート
K.Tさんがプログラミングに初めて触れたのは、前職の営業事務をしていた25歳のときだった。業務の合間に独学でJavaを学び始め、半年後にはSES企業に未経験枠で採用された。
「正直、プログラミングが楽しかったかというと、最初はよく分からなかったです。ただ、営業事務をこの先ずっと続ける未来が見えなくて。手に職をつけたいっていう、そのくらいの動機でした」
最初に配属されたのは、大手金融系のシステム保守案件。画面を開いて、仕様書を見て、言われた通りに修正を入れる。技術的に刺激的な仕事ではなかったが、K.Tさんにとっては全てが新鮮だった。
「コードが動くのが単純に嬉しくて。帰ってからも勉強して、休日もAWSのチュートリアルを触って。あの頃は、自分の市場価値がどうとか、まったく考えてなかったです」
最初の3年間は、その勢いで走り抜けた。Javaの基礎を固め、AWSの実務経験も積んだ。客観的に見れば、未経験スタートとしては順調なキャリアだった。
4年目、「何かがおかしい」
変化が訪れたのは、入社4年目のことだった。
同期で入った別のエンジニアが、フリーランスに転向した。久しぶりに食事をしたとき、何気なく収入の話になった。
「彼の月単価を聞いて、最初は聞き間違いかと思いました。自分より経験が浅いのに、手取りが1.5倍近い。え、なんで? って」
そこから、それまで気にしていなかったことが急に気になり始めた。自分のスキルシートに書かれている単価はいくらなのか。会社はクライアントからいくらもらっているのか。その差額——いわゆるマージン——はどれくらい抜かれているのか。
「でも、聞けなかったんです。聞く相手もいなかったし、聞いていい雰囲気でもなかった」
K.Tさんが当時在籍していた会社は、社員数200名規模の中堅SES企業だった。営業との面談は年に2回。決まって聞かれるのは「今の案件で困っていることはないか」という質問で、単価やマージンに触れる場面は一度もなかったという。
聞けないまま、2年が過ぎた
「たぶん、聞いたところでどうにもならないって、どこかで分かってたんだと思います」
K.Tさんはそう振り返る。案件の選択権がエンジニア側にないことは、入社時から暗黙の了解だった。営業が決めた案件に行く。終わったら、次の案件を営業が決める。エンジニアにできるのは「希望を伝えること」だけで、その希望がどれだけ反映されているかは分からなかった。
「5年目に入ったとき、AWS案件をやりたいって伝えたんです。ずっとJavaの保守ばかりだったから。でも結局、次もJavaの保守案件でした。理由の説明はなかったです。『今はこれでお願いします』って」
技術力は着実に上がっている実感があった。AWSの資格も取得した。でも、それが待遇やキャリアの選択肢に反映されている手応えがない。
「毎朝、現場に向かう電車の中で、なんのために頑張ってるんだろうって思うようになって。でも転職する気力もなかったし、SESなんてどこも同じだろうって」
この「どこも同じだろう」という感覚が、K.Tさんを2年間、同じ場所に留めていた。
偶然目にした、ある記事
転機は、ある日の昼休みに訪れた。スマホでSESの転職情報をなんとなく眺めていたとき、マージン率の開示について書かれた記事が目に止まった。
「最初は『また胡散臭い求人サイトか』って思ったんです。SES業界って、『高還元』とか『案件選び放題』とか、景気のいいことを書いてるところが多いじゃないですか。でも読んでみたら、ちょっと違った」
その記事には、SES企業のマージン構造がどうなっているのか、なぜエンジニアに単価が開示されないのか、商流の深さが手取りにどう影響するのかが、淡々と書かれていた。
「読みながら、ああ、自分が感じてたモヤモヤって、これだったんだなって。言語化されてなかっただけで、ずっとこれが引っかかってたんだって気づいたんです」
記事の末尾にあった「市場単価を診断する」というリンクを、K.Tさんは押した。出てきた数字は、当時の自分の手取りより15万円ほど高かった。
「その数字が正しいのかどうかも分からなかったけど、少なくとも『あなたのスキルならこのくらいが相場です』って示してくれたのは初めてで。自分の値段を、誰かが教えてくれたのは初めてだったんです」
面談で起きたこと
K.Tさんは問い合わせフォームからキャリア相談を申し込んだ。返信は翌日に届いた。
面談はオンラインで、1時間ほどだった。担当者から最初に言われたのは、「まず、K.Tさんの現在のスキルで、市場的にどのくらいの単価が期待できるかをお伝えしますね」という言葉だった。
「正直、面食らいました。前の会社では6年間、一度も見せてもらえなかった数字を、初対面の人が最初に出してくれた」
提示された単価レンジと、そこから差し引かれるマージンの割合。クライアントに請求される金額と、自分の手元に残る金額。その内訳が、画面共有で表示された。
「こんなにシンプルなことだったんだ、って。隠す理由がないことを、前の会社はなぜか隠してたんだなって」
もうひとつ、K.Tさんの記憶に残っていることがある。案件の選び方だ。
「『案件は3つ以上の候補を出すので、その中から選んでください』って言われたとき、本当に?って聞き返しちゃいました。自分で選べるっていう発想が、6年間なかったので」
担当者は笑いながら、「もちろんです。行きたくない案件に行く必要はありません」と答えたという。
転職して、半年が経った
K.Tさんが入社して半年が過ぎた。現在はAWS環境でのバックエンド開発案件に携わっている。ずっとやりたかった領域だ。
変わったことを尋ねると、K.Tさんはしばらく黙ってから、意外な答えを返した。
「収入が上がったのは嬉しいです。月の手取りで10万円以上変わりましたから。でも一番大きかったのは、それじゃなくて」
少し間を置いて、続けた。
「なんで?って聞けるようになったことです」
前の会社では、単価の理由を聞けなかった。案件が決まった背景を聞けなかった。キャリアの相談をする相手がいなかった。それが「普通」だと思っていた。
「今は、月1回の面談で、自分の単価の根拠を見せてもらえる。次にどんなスキルを伸ばせば単価が上がるかも教えてもらえる。当たり前のことなんでしょうけど、6年間なかったものが急に出てくると、ちょっと戸惑うくらいで」
K.Tさんは苦笑した。
「最初の面談のとき、担当の人に『何か聞きたいことはありますか?』って言われて、何を聞いていいか分からなかったんです。聞くことに慣れてなかったから。でも今は、毎回質問を3つくらい用意して面談に臨んでます」
「救われた」の意味
取材の最後に、冒頭の言葉の意味を改めて聞いた。
「救われた、って、大げさに聞こえますよね」
K.Tさんは少し照れたように笑った。
「別に、前の会社がブラックだったとか、パワハラがあったとか、そういう話じゃないんです。みんな普通にいい人だったし、違法なことがあったわけでもない」
「ただ、情報がなかった。自分の価値が分からないまま、自分で選べないまま、なんとなく6年が過ぎた。それって、振り返ると結構しんどかったんだなって」
「今は、数字が見える。選べる。聞ける。それだけのことなんですけど、それだけで毎日の仕事がまったく違うものに感じるんです」
K.Tさんは最後に、こう付け加えた。
「もし同じようにモヤモヤしてる人がいたら、伝えたいのは、『どこも同じ』じゃないってことです。自分もそう思い込んでたから。でも違った。それを知れただけで、僕は救われたんだと思います」
穏やかな口調は最後まで変わらなかった。でもその言葉には、6年分の重みがあった。
K.Tさん / 32歳 / Java・AWS / 正社員エンジニア
掲載にあたり、プライバシー保護のためイニシャル表記としています。取材は2026年3月に実施しました。
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