同じ経験3年目のSESエンジニアが、AIを活用しているかどうかだけで月10万円の単価差がついている。
これは印象論ではない。Findyが2026年1月に実施したフリーランスエンジニア調査(n=265名)で明らかになった実データだ。AIコード生成を50%以上活用するエンジニアの平均月単価は84万円。25%未満のエンジニアは74万円。差は10万円、年間120万円になる。
ただしこのデータには続きがあって、その続きの部分が最も重要だ。
本記事では、Findy調査の数字とエンジニアファクトリーの市場データをもとに、「AIを活用すると単価が上がる」の実態と、SESエンジニア特有の構造的な壁を整理する。SES経営者として毎月AI関連案件のマッチングを行っている立場から、現場の実情も交えて書く。
Findyが2026年1月23〜30日に実施した「フリーランスエンジニア実態調査」(n=265名)は、AIコード生成ツールの活用度と月単価の関係を定量化した。
(出典: Findy Freelance「フリーランスエンジニア実態調査 2026年1月版」)
| AIコード生成の活用度 | 平均月単価 |
|---|
| 50%以上をAIで生成(高活用層) | 約84万円 |
| 25%未満(低活用層) | 約74万円 |
| 差分 | +10万円 |
数字の上では明確な相関がある。AI活用度が高いほど平均月単価は上がる。
同調査では81.9%のエンジニアが「AI活用により生産性が向上した」と回答している。また、GitHub Copilotを使ったタスク実験(95名対象)ではタスク完了速度が55%高速化したというデータもある。さらにAnthropicの社内調査では、Claude Code活用後にエンジニアあたりのPR数が67%増加したことが確認されている。
生産性の向上は疑いようのない事実だ。しかし問題は「生産性向上が単価に反映されているか」という点にある。
Findy調査で最も重要な数字は、次の部分だ。
生産性向上を実感したエンジニア(全体の81.9%)のうち、**単価が実際に上がったのは約40%**にとどまる。残り60%は生産性が上がっていても単価は変わっていない。
この事実を業界のメディアはほとんど正面から書かない。「AIで生産性が上がる」「AIを使えると単価が上がる」という話はよく見かける。しかし「上がらない6割」の話はスルーされる傾向がある。
生産性向上が単価に転換されない理由は3つある。
理由1: 単価は「処理速度」ではなく「希少性」で決まる
エンジニアの単価は、その人の処理速度に対する報酬ではない。「同じことができる人が市場にどれだけいるか」という希少性への報酬だ。ChatGPTやCopilotが普及すれば、それを使えるエンジニアの数も増える。「使えます」という状態だけでは希少性は下がる方向に動く。
理由2: 生産性向上を「案件単価」と「交渉」の両方に転換しないと手取りは増えない
SESでは「クライアントへの請求単価」と「エンジニアへの還元額」の2段階が存在する。AIで生産性を上げても、案件単価が上がらなければ変わらない。さらに案件単価が上がっても、そのエンジニアへの還元が増えなければやはり変わらない。
理由3: 「使えます」というアピールが飽和しつつある
2024年頃まではGitHub Copilotを使っているという事実が差別化になっていた。しかし2026年現在、ツール使用は前提に近くなってきている。「何を、どこで、どれだけの規模で動かしたか」という実績がないと、単価交渉の材料にならない。
代表・小川将司より: 毎月AI関連案件のマッチングをしていて感じることを正直に書く。クライアント企業が「AIを使えるエンジニア」を求める際、2024年頃から2026年にかけてハードルが変化した。「使ったことがある」は前提になりつつあり、「本番で動かしたことがある」「どれくらいの規模のシステムに組み込んだか」が評価のポイントになっている。
エンジニアファクトリーの2026年Q1データは、市場構造の変化をより直接的に示している。
AI案件の平均単価は77.9万円。非AI案件の71.6万円と比べて+6.3万円の差がある。Findyのフリーランス調査(+10万円)よりは小さいが、SES市場でも単価差は実在している。
より重要なのは案件構成比の変化だ。
| 案件種別 | 15ヶ月前 | 2026年Q1 | 変化 |
|---|
| AI案件 | 6.5% | 13.5% | +7.0pt(2倍超) |
| コーディング中心案件 | 24.8% | 13.5% | -11.3pt |
| インフラ案件 | 37.5% | 50.9% | +13.4pt |
AI案件は15ヶ月で2倍以上に拡大した。一方でコーディング中心の案件は11ポイント以上減少している。インフラ案件は急増しているが、これはAIシステムの基盤となるクラウドインフラ設計・運用需要が拡大しているためと考えられる。
「コーディングだけやっていれば単価が維持できる」という前提は、数字の上ではすでに崩れ始めている。
コーディング中心案件の減少は、AI補助により人月あたりの成果物量が増加し、同じ機能を作るのに必要な人数が少なくなっているためだと考えられる。つまり、「コードを書く」だけの役割は、AIとの競合が始まっている。
この変化の中で単価を維持・向上させるには、AIを「競合」ではなく「武器」として使いこなす必要がある。
SES×AIの将来性や市場全体の展望は、こちらの記事で詳しく解説している →
ここからが、フリーランスの記事には書かれないSES特有の問題だ。
SES正社員の場合、まず自社(SES会社)がエンジニアのAIツール使用を方針として認めているかどうかという壁がある。ツールの費用負担、セキュリティポリシー、業務での使用可否——これらは雇用主である自社が定める。
フリーランスであれば、自分でツールを導入し、費用も自分で払えばいい。SES正社員はそうではない。
さらに大きな壁が客先にある。SES正社員は客先に常駐して業務を行う。その客先が、業務にAIツールを使うことを許可しているかどうかが問題になる。
金融・官公庁・大手メーカーの一部では、情報漏洩リスクを理由にGitHub CopilotやChatGPT等のクラウドベースのAIツール使用を禁止または制限している現場がある。このような現場に常駐しているSESエンジニアは、スキルがあってもAI活用の機会そのものがない。
Heydayでは案件紹介の際、AIツールの使用可否を案件情報の一項目として確認するようにしている。「AIを使って生産性を上げたい」というエンジニアに対して、使用禁止の現場を紹介しても意味がないからだ。
これはSES業界全体ではまだ当たり前ではない。案件情報にAIツールの使用可否が明記されていないことが多く、入ってみてから「使えなかった」と気づくケースが発生している。
代表・小川将司より: SESエンジニアがAI活用で単価を上げようとするとき、フリーランスの記事が参考にならない理由がここにある。フリーランスは自分の裁量でツールを選べる。SES正社員は会社と客先の二重の許可が必要だ。この構造を理解せずに「AIを使えば単価が上がる」という情報を鵜呑みにすると、現場で活かせない状況に陥ることがある。
Findyデータの「生産性向上者の6割が単価未反映」という現実に戻る。単価を上げるには、AI活用スキルを持つだけでは不十分で、3つの要素が揃う必要がある。
AI活用スキルには段階がある。
- Stage 1: ツール使用(GitHub Copilot、ChatGPT、Claude等の日常使用)
- Stage 2: 実装経験(LLM APIを使ったアプリ開発、RAGシステム構築等)
- Stage 3: 本番運用(本番環境でのAIシステム運用・改善・障害対応)
単価交渉で差別化できるのはStage 2以上だ。Stage 1はすでに「当たり前」に近くなっている。
現在Stage 1にいるエンジニアが取るべきアクションは、個人プロジェクトやオープンソースへの貢献、社内ツール開発等でStage 2の経験を積むことだ。「業務で使えていない」場合でも、プライベートで実装経験を作り、ポートフォリオとして提示できるようにしておく。
どれだけスキルがあっても、客先がAI活用を禁止している案件では評価されない。案件選びの段階で以下を確認することが重要だ。
- GitHub Copilot、ChatGPT、Claude等の使用可否が明記されているか
- AI関連の要件・機能開発が案件スコープに含まれているか
- 客先がDX・AI活用を経営課題として掲げているか
「AIを使って生産性を高めてほしい」という期待がある現場と、「AIは使わないでほしい」という現場では、同じスキルでも評価が変わる。
単価を上げるための案件選びの全体像は、こちらで解説している →
生産性向上者の60%が単価に反映されていない理由のひとつは、交渉の材料として成果を言語化できていないことだ。
「AIを使って生産性が上がりました」は交渉材料にならない。交渉材料になるのは次のような具体的な数字だ。
- 「GitHub Copilotを活用し、コードレビューの指摘事項を月平均X件削減した」
- 「RAGシステムの実装により、社内問い合わせ対応の工数をY時間/月削減した実績がある」
- 「LLM APIを使った機能開発経験があり、同等機能の開発を従来の約半分のスプリント数で完了させた」
数字と具体性がなければ、単価交渉の場で「そう言っている人はたくさんいる」という反応になる。
単価交渉の具体的な進め方は、こちらの記事で詳しく解説している →
現時点では「AIを活用できる」エンジニアが少数派であるため、単価プレミアムが発生している。しかし普及が進めば、このプレミアムは縮小するという見方もある。
ただし実際の構造を見ると、単純な普及による縮小とはならない可能性が高い。
エンジニアファクトリーのデータが示すように、AI案件そのものは増加し続けている。AI案件の単価は非AI案件より高い。つまり、「AI関連の業務に携わっているかどうか」という案件ポジションの差が、単価差の主な要因になっていく。
ツールを使うだけでなく、AIシステムを設計・実装・運用できるエンジニアは、AI案件の主要な担い手として需要が続く。一方で「コードを書く」だけのエンジニアは、案件の減少とともに単価の維持が難しくなる。
2026年現在、AI活用スキルを積む環境はかつてないほど整っている。LLM APIはOpenAI、Anthropic、Googleどれも個人利用で試せる。GitHub Copilotは月約10ドルで使える。RAGシステムの実装チュートリアルはインターネット上に無数にある。
問題は「何を学ぶか」ではなく「何の実績を作るか」だ。学んだことを形にして、交渉材料として提示できる状態にしておく。これが今できる最も直接的な準備だ。
Findy 2026年1月調査(n=265名)が示す月10万円の単価差は、実在する。AI活用度が高いエンジニアは低活用層より平均84万円対74万円の差がある。
同時に、生産性向上者の60%が単価に反映されていないという現実も実在する。AIを使うことと、単価が上がることの間には「客先の許可」と「単価交渉」という二重の壁がある。SESエンジニアには、フリーランスよりさらに「客先依存」という制約が加わる。
月10万円の差は今後さらに広がる可能性がある。AI案件の構成比は15ヶ月で2倍になり、コーディング中心案件は11ポイント減少した。この流れは短期間で逆転しない。
今の自分の単価が市場のどこに位置しているか、AI活用スキルがどう評価されているかを正確に把握することが、次のアクションの出発点になる。