独立相談で最も多く聞かれる質問は、単価でも案件でもなく「健康保険どうすればいいですか」だ。
私はHeyday株式会社の代表として、SES正社員とフリーランス双方の契約を扱っている。年間で数十人の独立相談を受けるが、健康保険の話になると多くの人が「国保は高いらしい」「任意継続のほうが得と聞いた」という伝聞ベースの情報で判断しようとする。
結論から言うと、どれが安いかは人によって逆転する。3つの制度は保険料の決まり方そのものが違うからだ。逆に言えば、決まり方さえ理解すれば、自分のケースでどれが有利かは自分で判断できる。
この記事では、国民健康保険・任意継続・国民健康保険組合の3択を「保険料が何で決まるか」の観点から比較する。切り替え手続きの実務フローや退職前後のタイムラインはSESエンジニアの健康保険完全解説で扱っているので、あわせて読んでほしい。
なお本記事は一般的な制度説明であり、保険料率・軽減基準は自治体および組合によって異なる。最終判断は必ずお住まいの市区町村および加入先の窓口で確認してほしい。
前提:会社員のうちは保険料の半分を会社が払っている
まず出発点を揃えておく。SES正社員を含む会社員が加入しているのは健康保険(協会けんぽ、または企業の健康保険組合)で、保険料は労使折半だ。給与明細に載っている健康保険料は、実際に納められている額の半分でしかない。
独立するとこの折半がなくなる。「独立したら健康保険が倍になる」と言われるのは、率が上がるからではなく、会社負担分が自分に移るからだ。ここが金額インパクトの正体で、単価交渉のときに考慮すべき固定費の増分でもある。
正社員とフリーランスのコスト構造全体を比較したい場合は正社員とフリーランスの完全比較ガイドを参照してほしい。
3つの選択肢と、保険料の決まり方
| 制度 | 保険料の決まり方 | 家族の扱い | 加入できる期間 | 手続き期限 |
|---|
| 国民健康保険(市区町村) | 前年の所得に応じた「所得割」+加入者数に応じた「均等割」(自治体により平等割等も) | 扶養の概念がなく、家族も加入者として人数分かかる | 制限なし | 資格喪失から14日以内が原則 |
| 任意継続(前職の健保) | 退職時の標準報酬月額をもとに計算。ただし上限が設けられている。労使折半がなくなり全額自己負担 | 従来どおり被扶養者として扱える(追加保険料なし) | 最長2年 | 資格喪失日から20日以内(厳守) |
| 国民健康保険組合 | 組合ごとに定められた原則定額(所得に連動しない組合が多い) | 組合の規定による | 組合員資格がある間 | 組合の規定による |
出典:健康保険法・国民健康保険法にもとづく一般的な制度説明(2026年8月時点)。具体的な料率・限度額・軽減基準は自治体および各組合により異なる。
この表の1列目が本質だ。**国保は「前年の所得」、任意継続は「退職時の給与水準」、国保組合は「所得と無関係の定額」**で決まる。だから同じ人でも、独立するタイミングと直前の給与水準によって有利な選択肢が変わる。
国民健康保険:前年所得ベースであることの意味
国保の保険料は、医療分・後期高齢者支援金分・介護分(40〜64歳)の3階建てで構成され、それぞれに所得割と均等割がある。所得割の基礎になるのは前年の総所得金額等から基礎控除額を差し引いた金額だ。
ここから2つの実務的な結論が出る。
- 独立1年目の国保は高くなりやすい。1年目の保険料は会社員として給与をもらっていた前年の所得で計算されるため、独立直後で売上が立っていなくても保険料は会社員時代の水準になる
- 売上が落ちた年の翌年は保険料も下がる。逆に、初年度に大きく稼いだ場合、翌年の保険料が跳ね上がる
また国保には扶養の概念がない。配偶者や子どもも被保険者としてカウントされ、人数分の均等割がかかる。家族が多いほど国保は相対的に不利になる、というのが最も重要な判断軸だ。
なお保険料には賦課限度額(上限)が設定されている。高単価で稼働しているエンジニアは所得割が上限に張り付くケースがあり、その場合は所得がさらに増えても保険料は増えない。
任意継続:退職時の給与水準で2年間固定される
任意継続は、退職前の健康保険に最長2年間そのまま加入し続ける制度だ。要件は「退職日までに継続して2ヶ月以上の被保険者期間があること」と「資格喪失日から20日以内に申請すること」。この20日は例外がほぼ効かないため、独立を決めた時点でカレンダーに入れておくべき期限だ。
保険料は退職時の標準報酬月額をもとに計算されるが、上限が設けられている。退職時の給与が高かった人ほど、この上限のおかげで任意継続が有利に働きやすい。逆に給与水準が低かった人は、上限が効かないため任意継続のメリットが薄い。
被扶養者制度が使えるのも大きい。配偶者・子どもを被扶養者に入れられれば、家族が何人いても保険料は変わらない。家族がいるエンジニアが任意継続を選ぶ最大の理由がこれだ。
2022年1月施行の健康保険法改正で、任意継続被保険者は本人の申し出により資格喪失できるようになった。以前は「保険料を払わないことでしか抜けられない」と言われていたが、現在は申し出による途中脱退が可能だ。1年目は任意継続、所得が確定して国保が安くなる2年目から国保、という組み立てが制度上できるようになっている。
国民健康保険組合:入れる人は限られる
業種ごとに設立された国民健康保険組合は、所得に連動しない定額保険料の組合が多く、高所得者ほど有利になりやすい。
ただしITエンジニアの場合、そもそも加入資格を満たすかどうかが最大の関門だ。よく候補に挙がる文芸美術国民健康保険組合は、加盟団体への所属と、業務内容が文芸・美術・著作活動に該当することが要件になる。Webデザインやコンテンツ制作を主業務としている場合は可能性があるが、受託開発やSESの常駐業務を主としているエンジニアは該当しないと判断されるケースが多い。
「フリーランスは国保組合に入れば安い」という情報を鵜呑みにせず、加入審査に通るかを先に組合へ確認するのが実務的な順序だ。名称に「健康保険組合」と付く団体でも、企業の健保組合とフリーランス向け国保組合はまったく別物なので、混同しないよう注意してほしい。
独立年に判断するための手順
制度を理解したら、次の順番で判断すればいい。
- 前職の給与水準を確認する:退職時の標準報酬月額が高いほど任意継続の上限メリットが効く
- 前年の所得を確認する:源泉徴収票の給与所得控除後の金額が、独立1年目の国保保険料のベースになる
- 扶養家族の人数を数える:家族が2人以上いるなら任意継続が有利に傾きやすい
- 市区町村の国保保険料を試算する:多くの自治体がWebサイトに試算ツールまたは料率表を公開している。前年所得を入れれば1年目の概算が出る
- 前職の健保に任意継続の保険料を問い合わせる:協会けんぽ・健保組合とも、退職前でも試算を教えてくれる
- 1年目と2年目を分けて比較する:1年目は任意継続、2年目は国保という組み合わせが有利になるケースが多い
ポイントは4と5を必ず実額で取ることだ。記事やSNSの一般論ではなく、自分の数字で比較しないと判断できない。この2本の電話・検索を面倒がったせいで、年間で数十万円単位の差を放置している人を何人も見てきた。
独立前に押さえておくべき周辺論点
国民年金と国民健康保険はセットで発生する
健康保険だけを見て試算すると足元をすくわれる。厚生年金から国民年金へ移ることで、年金保険料も全額自己負担になる。健康保険と国民年金を合算した固定費で単価を逆算するのが正しい。
社会保険料と税の負担を圧縮する手段としては、小規模企業共済やiDeCoの活用が定番だ。iDeCoの拠出限度額とフリーランスの手取りへの影響はiDeCoでフリーランスエンジニアの手取りはどう変わるかで扱っている。
保険料は全額が社会保険料控除の対象になる
国保・任意継続・国民年金いずれも、支払った保険料は全額が社会保険料控除として所得から差し引ける。単純に「保険料が高い=損」ではなく、所得税・住民税の圧縮効果とセットで見る必要がある。この計算は確定申告の設計そのものなので、フリーランスエンジニアの確定申告とあわせて考えてほしい。
法人化すると社会保険に戻る
売上が伸びてマイクロ法人を設立すると、法人の代表者として健康保険・厚生年金に加入することになる。国保・国民年金の世界から抜けるという選択肢だ。判断タイミングはフリーランスエンジニアの法人化タイミングで整理している。
よくある質問
Q. 独立1年目は任意継続と国保のどちらが安いことが多いですか?
一概には言えませんが、退職時の給与水準が高く扶養家族がいる人は任意継続が有利になりやすく、給与水準が低い、または単身で前年所得が少ない人は国保が有利になりやすい傾向があります。前年所得と標準報酬月額の両方を実額で試算して比較してください。
Q. 任意継続の20日以内という期限を過ぎたらどうなりますか?
原則として任意継続には加入できず、国民健康保険を選ぶことになります。この期限は非常に厳格に運用されているため、退職日が決まった時点で申請書類を準備しておくべきです。
Q. 任意継続の途中で国保に切り替えられますか?
2022年1月施行の健康保険法改正により、任意継続被保険者は本人の申し出によって資格を喪失できるようになりました。1年目は任意継続、所得が下がった2年目から国保へという設計が制度上可能です。実際の手続きと切り替え時期は加入先の健保に確認してください。
Q. 会社を辞めてから案件開始まで空白期間がある場合はどうすればいいですか?
日本は国民皆保険のため、空白期間であっても何らかの公的医療保険に加入している必要があります。前職の資格喪失日の翌日から次の保険の資格が始まるように手続きします。無保険の期間を作ると、後から遡って保険料を請求されます。
Q. 保険料が払えないときの救済制度はありますか?
国民健康保険には災害・失業・所得の著しい減少などを理由とした減免制度があり、分割納付の相談も受け付けています。基準や適用範囲は自治体によって異なるため、滞納する前に市区町村の国保窓口へ相談してください。
Q. SES正社員のまま副業でフリーランス案件をやる場合はどうなりますか?
勤務先の健康保険に加入したままです。副業所得は確定申告で申告しますが、健康保険の加入先が変わるわけではありません。ただし住民税の通知経路などで副業が勤務先に伝わる可能性があるため、就業規則の確認が先です。
まとめ
フリーランスの健康保険は「どれが安いか」ではなく「保険料が何で決まるか」で選ぶ。
- 国保は前年の所得で決まる。独立1年目は会社員時代の所得がベースになるため高くなりやすく、扶養の概念がないため家族が多いほど不利
- 任意継続は退職時の標準報酬月額で決まり、上限があるため高給与だった人ほど有利。被扶養者制度が使える。20日以内の申請が絶対条件
- 国保組合は定額で高所得者に有利だが、エンジニアは加入資格の審査が最大の関門
そして2022年の改正以降、1年目は任意継続、2年目は国保という切り替えが制度上できる。この選択肢を知っているかどうかだけで、独立2年間の固定費は変わる。
SES経営者として付け加えると、独立の可否を分けるのは単価ではなく固定費の見積もり精度だ。健康保険と国民年金を合算した年間固定費を出したうえで、必要な単価を逆算してから独立の判断をしてほしい。
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