「フリーランスになると健康保険がいきなり倍になるって本当ですか?」
これは独立相談で必ず聞かれる質問の1つだ。
私はHeyday株式会社の代表として、SES正社員とフリーランス両方のエンジニアを扱っている。年間で数十人の独立相談を受けるが、その中で最も決断を遅らせる原因が「健康保険がいくらになるかわからない」という不透明さだ。
結論から言う。
SES正社員時代の社会保険料を「半分」しか払っていなかったエンジニアは、独立すると保険料負担が一時的に2〜2.5倍に跳ね上がる。
ただし、これは「任意継続」「国民健康保険」「特定の国保組合」のどれを選ぶかで、年間で30〜50万円単位で変わる。
この記事では、SES正社員→フリーランス転向時の健康保険の選択肢を、単価別の実額シミュレーションと切り替えの実務手順までを通しで解説する。一般的なフリーランス記事に書かれる「だいたいの目安」ではなく、SES経験者特有の判断ポイントまで踏み込む。
1. 前提整理 — SES正社員の社会保険はどう構成されているか
まず、独立後と比較するための「正社員時代の保険料」を正確に把握する。
SES正社員は、給与明細の「健康保険料」「厚生年金保険料」が天引きされている。これは**会社が同額を負担している(労使折半)**ため、本人負担額の2倍が「実際にかかっている保険料の総額」だ。
SES正社員の保険料構成(協会けんぽ・東京都の場合)
| 保険の種類 | 本人負担率 | 会社負担率 | 合計負担率 |
|---|
| 健康保険 | 4.99% | 4.99% | 9.98%(介護保険なしの場合) |
| 厚生年金 | 9.15% | 9.15% | 18.30% |
| 雇用保険 | 0.6% | 0.95% | 1.55% |
※協会けんぽの料率は2025年度の東京都数値。自社で組合健保に加入している場合は別。
月給40万円のSESエンジニアの場合、本人負担は健康保険約2万円・厚生年金約3.6万円・合計約5.6万円。会社負担を含めると総額は約11.2万円になる。
Heydayの相談現場で見た「給与明細を読んでいない人」の問題
私が相談を受けた中で、正社員時代の保険料を正確に把握していたエンジニアは半分以下だった。
「ボーナスから天引きされる金額を知らない」「会社負担分が同額あることを知らない」「介護保険料が40歳から自動的に加算されることを知らない」。
これらを把握しないままフリーランスの単価交渉に入ると、「単価70万円なら手取り倍増」と誤算する。実際には保険料・年金・税金で30%近くが消える。
2. フリーランス転向時の健康保険、3つの選択肢
SES正社員を退職してフリーランスになる場合、健康保険には主に3つの選択肢がある。
選択肢1:国民健康保険(市区町村)
最も一般的な選択肢。住民票のある市区町村が運営し、前年の所得をもとに保険料が計算される。
特徴は以下のとおり。
- 加入手続きは退職翌日から14日以内、市区町村役場で行う
- 保険料は前年所得に応じて変動(独立1年目は正社員時代の所得で計算される)
- 扶養という概念がない(家族1人につき均等割が加算される)
- 上限額あり(自治体により年100万円前後)
独立1年目は正社員時代の高所得を基準に計算されるため、保険料が「想定より高い」ケースが多発する。
選択肢2:任意継続(旧勤務先の健康保険)
正社員時代に加入していた健康保険(協会けんぽまたは組合健保)を、最長2年間継続できる制度。
特徴は以下のとおり。
- 加入手続きは退職翌日から20日以内(過ぎると一切受付不可)
- 保険料は退職時の標準報酬月額をベースに計算(労使折半が消えるため最大2倍に)
- ただし上限あり(協会けんぽは標準報酬月額30万円が上限=月約3万円)
- 扶養家族を維持できる
- 1日でも保険料の納付が遅れると即失効する
月単価70万円以上のエンジニアは、ほぼ確実に任意継続のほうが安くなる。これは協会けんぽに上限が設定されているためだ。
選択肢3:国民健康保険組合(業種別)
業種別の国保組合に加入する選択肢。エンジニアが該当しやすいのは以下。
- 文芸美術国民健康保険組合:イラスト・デザイン・アニメ等の創作職向け。Web制作・ゲーム開発・UI/UXデザインに従事するエンジニアは加入できる可能性がある。所得に関わらず保険料が定額(月約2万円台)。
- 関東ITソフトウェア健康保険組合:法人向けのため個人フリーランスは原則加入不可。
文芸美術国保は加盟団体経由でないと加入できない。純粋なバックエンドエンジニアやインフラエンジニアは加入条件を満たさないことが多いため、自分の業務内容と加盟団体の要件を必ず確認する。
3. 単価別シミュレーション — 任意継続vs国保はどちらが安いか
ここが本記事の核心だ。
SESフリーランスでよくある月単価70万円・90万円・120万円の3パターンで、独立1年目の保険料を比較する。
前提条件
- 都内居住、35歳・独身・扶養なし
- 退職時の正社員年収=独立後単価×12ヶ月で近似
- 国保保険料は東京23区の平均的な料率を使用(医療分・後期高齢者支援金分の合計)
- 任意継続は協会けんぽの2025年度標準報酬月額上限(30万円)を適用
- 介護保険料(40歳以上)は計算から除外
単価別の保険料比較
| ケース | 国民健康保険(年) | 任意継続(年) | 差額 |
|---|
| 月単価70万円(年商840万円) | 約78万円 | 約36万円 | 任意継続が42万円安い |
| 月単価90万円(年商1080万円) | 約95万円 | 約36万円 | 任意継続が59万円安い |
| 月単価120万円(年商1440万円) | 上限約100万円前後 | 約36万円 | 任意継続が64万円安い |
※実際の保険料は自治体・健保組合・経費後所得によって変動する。所得控除(青色申告控除65万円・基礎控除48万円・経費)を反映させると国保保険料はやや下がるが、それでも単価70万円以上では任意継続のほうが大幅に安いケースが多い。
損益分岐点の目安
月単価50万円前後が任意継続と国保の損益分岐点になることが多い。
これ以下の単価では、国保の所得割が低くなるため国保のほうが安くなる傾向がある。これ以上の単価では、任意継続の上限効果が効いて任意継続が圧倒的に有利になる。
ただし、独立1年目は前年所得の影響を受けるため、「正社員時代の年収が500万円以上だったら、独立後の単価に関わらず任意継続を選ぶ」が実務的な判断ラインだ。
Heydayパートナーの実例
私が見た独立相談の例を紹介する。
正社員時代の年収750万円・独立後の単価80万円で、任意継続を選択しなかったエンジニアの初年度保険料は年89万円。同じ条件で任意継続を選んだエンジニアは年36万円。差額53万円は、年間の家賃4ヶ月分にあたる。
「20日以内」という任意継続の手続き期限を過ぎたために、選択肢自体を失った相談者が年に数人いる。この期限管理だけで50万円以上の手取り差が生まれる。
4. 任意継続を選ぶときの落とし穴
「任意継続のほうが安い」とわかっても、実務には複数の落とし穴がある。
落とし穴1:1日でも納付が遅れると失効する
任意継続は、納付期限を1日でも過ぎると自動的に資格喪失する。
協会けんぽの場合、毎月10日が納付期限(土日祝の場合は翌営業日)。失効すると国保に強制移行となり、再加入はできない。
実務上は口座振替に設定するのがほぼ唯一の対策。窓口振込・コンビニ払いは事故が発生しやすい。
落とし穴2:途中で国保に切り替えられない
任意継続は、加入後2年間は原則として継続義務がある。「国保のほうが安くなった」と気づいても、自由には脱退できない。
ただし、実務的には「保険料を1度納付し忘れる」と失効するため、これを利用して任意継続→国保に切り替える手法が存在する。法律上推奨される方法ではないが、所得が大幅に下がった場合の現実的な脱出方法として知られている。
落とし穴3:2年経過後は強制的に国保へ
任意継続は最長2年。2年経過後は自動的に国保への切り替えが必要になる。
このタイミングで所得が下がっていれば国保のほうが安くなるため、独立2年目以降の保険料を見越した収支シミュレーションが必要だ。
5. 国民健康保険を選ぶときの実務
国保のほうが有利になるケース、または任意継続の期限を逃したケースで、国保加入の流れを整理する。
国保加入の手続き
- 退職翌日から14日以内に市区町村役場の国保窓口で手続き
- 必要書類:健康保険資格喪失証明書(退職した会社から発行される)・本人確認書類・マイナンバー
- 保険料の支払いは口座振替・納付書・コンビニ払いから選択
国保保険料の構成
国保保険料は3つの要素から計算される。
- 所得割:前年の総所得金額×料率(約7〜10%)
- 均等割:加入者1人あたり定額(年約4〜5万円)
- 平等割:世帯あたり定額(自治体による)
独立1年目は前年の正社員所得で計算される。「独立した瞬間に保険料が下がる」ことはない点が最大の罠だ。
国保保険料を下げる正攻法
国保は前年の所得をもとに計算されるため、経費や所得控除を最大化することで翌年の保険料が下がる。
具体的には以下の3点。
- 青色申告承認申請書を出す(フリーランスエンジニアの開業届完全手順で詳細解説)
- 経費を漏れなく計上する(フリーランスエンジニア 経費チェックリスト)
- 小規模企業共済・iDeCoで所得控除を増やす(最大年額約160万円)
なお、健康保険料そのものは社会保険料控除として全額所得控除になる。支払った保険料は確定申告で必ず申告する(フリーランスエンジニアの確定申告ガイドで解説)。
6. 切り替えタイミングと手続きフロー
実際に独立する月のスケジュールを、保険切り替えに失敗しないように整理する。
退職前にやること(退職1ヶ月前〜2週間前)
- 現職の人事に健康保険資格喪失証明書の発行を依頼
- 任意継続を選ぶ場合は、加入していた健保組合(協会けんぽ/組合健保)に申請書様式を取り寄せる
- 国保を選ぶ場合は、住民票のある市区町村の保険料を試算(自治体HPのシミュレーター)
- 任意継続と国保の保険料を比較し、決定
退職日〜退職後20日以内
- 任意継続を選ぶ場合は、退職翌日から20日以内に申請書を提出(郵送・窓口)
- 国保を選ぶ場合は、退職翌日から14日以内に市区町村役場で手続き
- 国民年金への切り替えも同時に行う(厚生年金からの切り替えは退職翌日から14日以内)
退職後2ヶ月以内
- 開業届・青色申告承認申請書を税務署に提出
- 小規模企業共済・iDeCoの加入検討
- 保険料の口座振替設定
「退職→案件開始」の空白期間がある場合
退職してから次のフリーランス案件開始まで2週間〜1ヶ月の空白がある場合、この期間も健康保険には必ず加入しておく必要がある。
無保険で病気・事故になった場合、国保に「遡及加入」させられて未払い保険料を一括請求されるケースがある。
任意継続の手続きは「退職翌日から20日以内」と短いため、退職前から準備を始めるのが鉄則だ。
7. SES特有の注意点 — フリーランス転向で見落としがちなポイント
一般的なフリーランス健康保険記事ではカバーされないSES特有の事情を整理する。
注意点1:客先常駐SESエンジニアは「組合健保」かどうか確認する
SES企業の中には、自社で組合健保に加入しているケースと、協会けんぽ加入のケースがある。
組合健保の場合、任意継続の保険料・付加給付・人間ドック補助などが協会けんぽより手厚いことが多い。退職前に必ず保険証の発行元を確認する。
注意点2:複数社経由のSESで保険切り替えが頻発した人
転職を繰り返してSES企業を3〜4社経由してきたエンジニアの場合、直近の在籍企業の健保が任意継続の対象になる。
途中で空白期間(無職期間)があった場合、その期間に国保に加入していると任意継続の選択肢が消えるケースがある点に注意。
注意点3:常駐先の従業員ではなく、自社の従業員として加入している
SES正社員の保険は自社(送り出し元)の社会保険であり、客先(常駐先)の社会保険ではない。
独立する際の手続き先・資格喪失証明書の発行元は所属していたSES企業になる点を間違えないこと。
注意点4:副業フリーランスの場合は社会保険の加入要件を再確認
正社員SESを続けながら副業でフリーランス案件を持っているケースでは、正社員側の社会保険に加入したままになる。副業所得は確定申告で申告するが、健康保険・年金は会社経由のまま。
「フリーランスになったら国保に切り替えなければならない」のは完全独立した場合のみだ。
8. よくある質問
Q1:扶養家族がいる場合、任意継続と国保どちらが有利?
任意継続は扶養家族を保険料追加なしで維持できる。国保は扶養という概念がなく、家族1人につき均等割(年約4〜5万円)が加算される。
配偶者・子どもが2人以上いる場合、任意継続のほうが10〜20万円安くなることが多い。
Q2:単価が低い時期は国保のほうが安い?
独立1年目は前年所得(正社員時代の高所得)で計算されるため、国保が安くなることはほぼない。独立2年目以降、所得が下がっていれば国保のほうが安くなるケースがある。
このタイミングで任意継続を脱退して国保に切り替える判断を行う。
Q3:フリーランス協会の保険サービスは入るべき?
フリーランス協会(一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会)の年会費1万円会員になると、所得補償保険・賠償責任保険などのオプションが団体料金で利用できる。健康保険そのものではないが、傷病で働けなくなった時の収入カバーとして検討価値がある。
Q4:法人化したら社会保険に戻れる?
法人化(マイクロ法人含む)すると、自分の法人で社会保険に加入できる。役員報酬を最低額(月4.5万円程度)に設定すれば、社会保険料は最低水準(月約2.7万円)で済む。
所得が安定して年商1000万円以上になったら法人化を検討するのが定石。タイミングはフリーランスエンジニアの法人化タイミングで詳しく解説している。
Q5:保険料の支払いに困ったらどうする?
国保は所得急減時に減免申請ができる自治体が多い。任意継続は減免制度がほぼないため、納付できないと失効する。
支払い困難になりそうな兆候があれば、早めに自治体に相談する。失効してから戻るのは難しい。
9. まとめ — 健康保険の選択は「3つの判断ライン」で決まる
SES正社員→フリーランス転向時の健康保険選択は、以下の3つで決まる。
- 正社員時代の年収500万円以上 → 任意継続を第一選択(独立1年目は国保より大幅に安い)
- 扶養家族がいる → 任意継続が圧倒的に有利(国保には扶養がない)
- 独立2年目以降、所得が安定して下がった → 国保への切り替えを検討
そして、これらの判断はすべて「退職翌日から20日以内」のタイムリミットで決断する必要がある。保険料数十万円の差が、この20日間の準備で決まる。
Heydayでは独立相談の中で、保険切り替えの実務をパートナー1人ずつに合わせて整理している。「自分の単価で保険料がいくらになるか」「任意継続と国保どちらが有利か」を具体的に試算したいエンジニアは、診断ツールから一度市場単価を確認して、その数字をもとに保険料シミュレーションを進めるのが最短ルートだ。
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