「同じ現場に3年います。現場にも慣れてるし、客先にも信頼されてる。これって悪いことじゃないですよね?」
この相談を受けるたびに、Heydayの代表・小川は正直に答えるようにしている。「悪いことではない。でも、3年という数字が出た瞬間に、必ず確認してほしいことがある」と。
Heydayで6年間・300件以上のエンジニア相談を受けてきた小川の実感として、長期同一現場がキャリアの天井になっているケースが圧倒的に多い。「同じ現場が長い=評価されている証拠」という思い込みが、気づかないうちにスキル固定化・単価停止・偽装請負という3つのリスクを蓄積させている。
この記事では、その構造を正直に説明したうえで、転職せずに解決するための5ステップの交渉術と具体的な文例を示す。「現場が長くなってきた」と感じているエンジニアに、今すぐ確認してほしいことを順番に書いていく。
SESの「同じ現場に何年もいる」は普通なのか?
まず前提の認識を合わせておきたい。SESで同一現場に長期滞在することは、業界的に珍しくはない。しかし「珍しくない」と「問題がない」は別の話だ。
SES契約(準委任)に「3年ルール」はない——派遣との違い
SESの契約形態は、多くの場合、民法656条を根拠とする「準委任契約」だ。これは「業務の遂行」に対して報酬が発生する契約であり、成果物の納品を目的とする請負契約とも、労働力の提供を本質とする派遣契約とも異なる。
派遣契約には、労働者派遣法35条の3が定める「3年ルール」がある。同一の派遣先・同一の組織単位で3年を超えて働かせることが原則禁止されており、3年を超える場合には直接雇用への転換などの措置が義務付けられる。
しかし、SESの準委任契約にはこのルールが存在しない。
法律的には「何年でも同じ現場にいられる」構造になっている。これがSESで長期固定が起きやすい根本的な要因だ。制度的な歯止めがなく、当事者間の合意さえあれば無制限に継続できる。
SESの残業断り方記事でも詳しく解説しているが、準委任契約と客先への指揮命令権の問題は、残業だけでなく長期固定という文脈でも深刻な問題を生む。
なぜ長期固定が起きるのか——会社側と客先の利害が一致する構造
SES会社と客先の両方にとって、長期固定は短期的には「都合がいい」状態だ。
SES会社にとっては、エンジニアが安定して稼働し続けることで売上が確保できる。マッチングコストが発生せず、クレームリスクも低い。良くも悪くも「現状維持」が最もコストが低い状態だ。
客先にとっては、業務に慣れたエンジニアが継続して入ってくれることで、引き継ぎコストが発生しない。現場のルールや人間関係も把握しているため、即戦力として使いやすい。
エンジニア本人も、「居心地がいい現場を変えたくない」「現場変更の面談が面倒」「新しい現場でうまくやれるか不安」という心理から、変更を希望しない場合も多い。
この三者の利害が一致してしまうため、長期固定は意図せずに発生し、気づいたときには「何年も経っていた」という状態になりやすい。
「8年同一現場」は珍しくない——Heydayで見た実態
Heydayの相談実績の中には、同一現場に6年・8年・10年以上在籍しているエンジニアのケースが複数ある。
こうした相談者の多くは、「不満はないけど、このままでいいのか不安」という状態で来る。問題が顕在化する前、あるいは市場に出て初めて「思ったより市場価値が下がっていた」という現実を知るパターンが多い。
最も多いパターンは、「現場は変わっていないが、環境は少し変わっている——新しいフレームワークが導入された、クラウドに移行した——だからスキルは育っていると思っていた」というケースだ。部分的な技術更新があっても、全体的なポータビリティ(他社で通用するスキルセット)が育っていないことは多い。
長期同一現場がエンジニアのキャリアに与える3つのリスク
長期固定が必ずしも「ダメ」というわけではない。安定して収入を得ながら、スキルも蓄積できている現場ならば問題は少ない。ここで説明するのは、長期固定によって「気づかないうちに起きやすいリスク」だ。
リスク1|スキルの「専門化」ではなく「固定化」——市場価値低下のメカニズム
長期固定のリスクとして最初に理解してほしいのが、「スキルが専門化しているのか、それとも固定化しているのか」の違いだ。
専門化とは、特定の技術領域で他社でも通用する深い知識・スキルが積み上がっている状態だ。たとえば「AWSのSecurity Hubを使ったセキュリティ運用の設計経験がある」「マイクロサービス移行プロジェクトで設計フェーズから参画した」といったスキルは、他社でも評価される。
固定化とは、特定の現場固有の知識・慣行が蓄積しているが、それが他社では通用しない状態だ。「この現場のアプリケーションの内部構造に詳しい」「この現場の業務フローを熟知している」という知識は、その現場でしか価値を持たない。
長期固定で起きやすいのは後者だ。同じ環境にいることで「慣れ」が「成長」に見えてしまい、スキルシートに書ける新しいスキルが増えていないことに気づくのが遅れる。
この問題はSESの孤立・孤独対策記事でも触れているが、同一現場への長期滞在が情報の偏りを生み、市場感覚から切り離されるリスクともつながっている。
リスク2|単価が上がらない——長期固定と単価成長率の構造的問題
長期固定で起きやすい2つ目のリスクが、単価の伸び悩みだ。
SESの単価は、エンジニアの市場価値に基づいて設定される。しかし長期固定の場合、「今の現場でこの単価で稼働している」という既成事実が積み上がることで、単価改定の動機が薄れやすい。
SES会社の営業担当の立場からすると、「今の現場でうまくいっている案件」を波風立てて変更するよりも、現状維持のほうがラクだ。エンジニア本人も「現場が変わるのは面倒」と思っていれば、単価交渉のタイミングが永遠に来ない。
Heydayの相談実績を見ると、3年以上同一現場に固定されたエンジニアの単価成長率は、1〜2年ごとに現場を変えたエンジニアと比べて明らかに鈍化している傾向がある。現場変更のたびに市場価値を再評価されるプロセスが、単価成長を促す構造になっているためだ。
もちろん、長期固定でも継続的な単価改定を行っている会社・現場は存在する。ただし、それは「意識的に行動しないと起きにくい」という構造であることを認識しておいてほしい。
リスク3|偽装請負リスクの増大——長期で指揮命令が常態化する
長期固定で起きやすい3つ目のリスクが、法的なリスクだ。
準委任契約では、エンジニアへの業務指示(指揮命令)は雇用主であるSES会社が持つ。客先が直接「いつ何をどのようにやれ」という指揮命令を行うことは、準委任契約の建前上は認められていない。
しかし、同一現場に長期間滞在することで、この原則が形骸化しやすい。客先のマネージャーが「部下のように」直接指示を出す、日々のタスク管理を客先が行う、残業・休暇の承認を客先が行う——こういった状況が常態化すると、実態として「派遣」と変わらない状態になる。これが「偽装請負」と呼ばれる問題だ。
厚労省昭和61年告示第37号(労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準)では、偽装請負の判断基準として「発注者が作業員に直接指揮命令しているかどうか」が中心的な要素として挙げられている。
長期固定によってこの状態が常態化した場合、エンジニア本人だけでなく、SES会社・客先も法的リスクを抱えることになる。「ずっとここにいるから、もう会社の人みたいなもんだ」という感覚が生まれていたら、それは警戒すべきサインだ。
「3年目」「5年目」が危険水域——キャリア棚卸しチェックリスト
リスクが分かっても「自分は大丈夫か」を判断するのは難しい。ここでは、現在の状況を客観的に確認するためのチェックリストを提示する。
自分が危険水域にいるかを確認する7つの質問
以下の質問に、正直に答えてほしい。
- 過去1年で習得した「新技術・新フレームワーク」が具体的にある
- 現在の現場以外でも使えるスキルが増えている
- 今すぐ転職活動をするとして「書けるスキルシート」がある
- 入社時から年5%以上のペースで単価が上がっている
- 設計・要件定義フェーズへの参画機会が定期的にある
- 客先以外の技術コミュニティ(勉強会・OSS等)に関わっている
- 現場変更を「会社側から」能動的に提案されたことが一度以上ある
判定別の行動指針(GREEN / YELLOW / RED)
該当数 5〜7(GREEN)
今の状態を維持する理由が明確にある可能性が高い。ただし「なぜGREENなのか」を言語化できていることが条件だ。「何となく大丈夫だと思う」は危険。定期的(半年に1回)に同じチェックをして、変化を追うことを勧める。
該当数 3〜4(YELLOW)
明らかに問題があるわけではないが、放置すると悪化する可能性がある状態だ。まず「Step1:現場内での役割拡張」から始め、3ヶ月で変化があるか確認してほしい。所属会社の営業との面談で、キャリアプランを共有するタイミングだ。
該当数 0〜2(RED)
即座に行動が必要な状態だ。現状を放置した場合、スキルシートが年々薄くなり、単価も上がらず、転職の選択肢も狭まっていくリスクが高い。次のセクションで説明する5ステップを今すぐ始めてほしい。
3年目の市場価値については詳しくはこちらで解説しているので、自分の立ち位置が気になる人は合わせて参照してほしい。
