2030年、銀行のATMが朝7時に立ち上がるとき、その奥で動いているCOBOLのバッチを、誰が読めるのか。
これは比喩ではない。富士通は2030年度末でメインフレームの製造・販売を終了し、保守も2035年度末で打ち切る。日本国内では2024年7月時点で約320社・650台の富士通メインフレームが現役で稼働している。一方、それを動かしてきたエンジニアの主力は、1980年前後に新卒入社した世代だ。彼らは2022〜2025年に65歳の定年を迎え、すでに大量に現場を去り始めている。
需要は急に消えない。供給は急に消える。これがメインフレーム市場のいまの構造だ。
Heydayでは汎用機・COBOL案件も扱っている。SES経営者として、この「最後の10年」で何が起きるか、若手が参入するなら何を覚悟すべきかを、現場で見えている範囲で書く。
1. 富士通2030撤退の意味と「最後の10年」
撤退スケジュールの実態
富士通は2022年2月、メインフレーム事業からの撤退方針を公表した。スケジュールはこうだ。
- 2030年度末: メインフレーム本体(GS21シリーズ)の製造・販売を終了
- 2035年度末: 保守サービスの提供を終了
つまり2026年現在から数えると、製造販売の打ち切りまで約4年、保守の終了まで約9年しかない。1954年に富士通がメインフレーム事業を始めてから66年の歴史が、ここで完全に終わる。
「2025年の崖」の次に来る「2030年のメインフレーム崖」
経済産業省が指摘した「2025年の崖」は、2018年のDXレポートで提示されたもので、レガシーシステムの維持コストが12兆円規模に膨れ上がるという警鐘だった。これは主に「老朽化したシステム×IT人材不足」の問題だ。
その次に来るのが「2030年のメインフレーム崖」だ。これは性質が違う。
- 2025年の崖: ソフトウェアやベンダー保守は続くが、運用人材が消える
- 2030年の崖: ハードウェアそのものの新規調達が不可能になる
富士通メインフレームを使っている320社は、2030年度末までに次のいずれかを選ばざるを得ない。
- クラウドや他社メインフレーム(IBM Zなど)へのモダナイゼーション
- 富士通の延長保守(2035年度末まで)でしのぎつつ、その間に移行プロジェクトを完遂
- 自社の事業構造ごと作り直す(実質的にこれが選べる企業はごく少数)
どのルートを選んでも、移行プロジェクトには現行システムを読める人材が絶対に必要になる。これが今後10年の需要を決める構造だ。
業界の対応は二分している
メインフレーム市場全体で見ると、対応は完全に二分されている。
- IBM: AI機能を組み込んだ次世代機(IBM z16)を投入し、メインフレームへの投資を継続
- 富士通: 撤退
- NEC: ACOSシリーズの保守は継続するが、新規顧客拡大には消極的
クラウドベンダー側も、AWSが「メインフレーム・モダナイゼーション」サービスを強化し、Azure・GCPも追随している。「メインフレームを完全に置き換える」のではなく、「メインフレーム上の業務ロジックをクラウド上に移植する」需要に各社が動いている。
つまり、メインフレームそのものが消えていく一方で、「現行システムを理解してクラウド側に翻訳できる人材」の需要は爆発的に増える。これが2026年以降の市場の中心的な動きだ。
2. 団塊世代メインフレームエンジニアの大量退職実態
1980年新卒組の人数とタイミング
メインフレームの黄金期は1970年代後半から1990年代前半だ。この時代、銀行・保険・公共系の基幹システムが大規模に立ち上がり、新卒のCOBOLプログラマが大量に採用された。
ITmediaの記事は、現在のCOBOL有識者のほとんどが「1980年頃に新卒入社した世代」であり、彼らが2022〜2025年に65歳の定年を迎えると指摘している。さらに、現在のCOBOL技術者の多くが50代以上に偏っているという指摘もある。
この退職波には3段階がある。
- 2022〜2025年: 65歳定年の本流
- 2026〜2030年: 再雇用・嘱託契約の終了
- 2030〜2035年: 個人事業主として残っていた最後の世代も実質引退
つまり、Heydayが活動している2026年は、ちょうど第2段階(再雇用組の離脱)が始まる時期だ。「定年は迎えたが嘱託で残っていた」人材が、いま現場から抜け始めている。
「ドキュメントが読める人」が消える問題
メインフレームの怖さは、コードが書ける人が減ることよりも、「現行のCOBOLバッチが何をやっているか説明できる人」が消えることにある。
40年前に書かれたCOBOLのバッチは、
- 仕様書が紙で残っているか不明
- コメントが日本語の俗語で書かれている
- 「なぜこの分岐があるか」を覚えているのは設計した本人だけ
- そして、その本人が今年退職した
という状態が珍しくない。Heydayが商談で見ている案件でも、「ソースは残っているが仕様が誰にも読めない」というケースは複数ある。SCSKがFPTジャパンと「COBOL PARK」を2025年に設立したのも、こうした「読み解き需要」を専門部隊で受けるためだ。
レガシーマイグレーション市場は、2023年度の3,480億円から2025年度には5,118億円に拡大する見通しだという調査もある。お金は明確に動いている。
3. 需給逆転:案件は増えているのに人がいない
求人と人材の数字
メインフレーム関連求人は減っていない。むしろ移行案件・延命案件・モダナイゼーション案件が増え、案件数は明確に増加傾向だ。
一方の供給側は、
- 新卒でCOBOL・JCLを学ぶ人がほぼいない
- 専門学校でメインフレームを教えるカリキュラムも縮小
- 既存のCOBOL人材の主力は50〜60代
経済産業省の予測では、2030年までに日本全体で最大79万人のIT人材が不足する。この79万人のうち、レガシー領域の不足はとくに深刻になる。
Heydayが2026年に観察した実態
ここからはHeydayの一次観察だ。母数が大きいわけではないので、業界全体を代表する数字としては読まないでほしい。あくまで「2026年4〜5月にHeydayが受け取ったSES案件の中で、メインフレーム/COBOL関連がどう動いていたか」の話だ。
- メインフレーム/COBOL系の案件依頼は、半年前と比べて体感で1.5〜2倍に増えている
- 「即戦力のCOBOL経験者」を求める案件と、「未経験でも構わないので若手を入れたい」案件が同時に出てきている
- とくに後者(若手OKの案件)は、半年前にはほぼ存在しなかった
- 銀行勘定系の案件で「20代の参画は不可」だった現場が、2026年に入って「20代でも面談OK」に条件緩和し始めている
つまり、これまで「ベテランしか入れない聖域」だった金融基幹システムが、人がいなさすぎて若手にも門戸を開き始めている。これが2026年に起きている変化だ。
なお、案件単価の数字は次のセクションでまとめる。
