SES経営者として毎年100件超の転職相談を受けてきた。その中で、同じスキルセットなのに年収が100万円以上違うケースを繰り返し見てきた。「スキルを磨けば市場価値が上がる」という一般論は正しい。しかし、それだけでは説明できない差が確実に存在している。
同じPython 4年・AWS経験ありのエンジニアが、A社では年収780万円・B社では年収600万円で働いている。スキルに差はない。違うのは「どの商流に入っているか」と「自分の市場価値を知っているかどうか」だった。
本記事では、エンジニアの市場価値を決める3つの要素——スキル・商流・情報——を解剖する。スキルアップだけが市場価値の向上だと思っているエンジニアに、もう一段大きな視点を提示したい。
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エンジニアの「市場価値」とは何か——スキルだけで決まらない3つの要素
多くのエンジニアが「市場価値=技術力」と思い込んでいる。しかしこれは半分しか正しくない。
SES経営者として100件超の転職相談に向き合った経験から言えば、エンジニアの市場価値は次の3要素で決まる。
要素1:スキル(何ができるか)
技術力・経験年数・資格。これは市場価値の基盤だ。プログラミング言語・クラウド・上流工程の経験が単価レンジの「床」を決める。スキルが高ければ高いほど、より高い単価の案件にアクセスできる可能性が広がる。
ただし、スキルは「入れる案件の上限」を決めるが、「実際にもらえる報酬」は決めない。同じスキルレベルでも年収差が100万円を超えるケースは珍しくない。残りの2要素がその差を生み出している。
要素2:商流(どの案件に入れるか)
商流とは、エンドクライアントからエンジニアまでの間に何社介在するかという構造だ。3次請けと1次請けでは、同じ仕事をしていても手取りが月10〜20万円変わる。
エンドクライアントが100万円支払っているプロジェクトに、3次請けで入っているエンジニアへの還元は40〜50%台になることがある。同じスキルの別のエンジニアが1次請けの企業を通じて入っていれば、還元率は65〜75%になる。この構造差が年収に直結している。
要素3:環境(還元率・営業力・情報)
所属企業の営業力・還元率設計・情報開示姿勢が市場価値の「実現率」を決める。スキルと商流が整っていても、還元率が低ければ報酬には反映されない。また、自分の単価を知らなければ交渉の基点を持てない。
「同じスキルでも会社が違うと年収が100〜150万円変わる」のは、この3要素の組み合わせ差だ。
AI時代にエンジニアの市場価値が「分化」するメカニズム
「AIでエンジニアの仕事がなくなる」という言説が溢れている。しかし現実は違う。AIは一部のエンジニアの市場価値を急上昇させ、残りのエンジニアとの差を広げている。
採用担当者から見た「求めるスキルの変化」
レバテックが2024年に実施した採用担当者1,000名への調査によると、約4割が「エンジニアに求めるスキルが変化した」と回答している。
注目すべきはその内訳だ。重要度が上がったスキルの1位は「コミュニケーション(48.3%)」、2位は「プロンプトスキル(38.5%)」。一方でプログラミングスキル自体の重要度は26.0%が「低下した」と回答している(出典:レバテック「エンジニア採用動向調査 2024」、N=1,000名)。
この数字が示すのは明確だ。「コードを書く能力」の相対的価値は下がり、「AIを使って成果を出す能力」と「人間が担うべきコミュニケーション・要件定義能力」の価値が上がっている。
AI活用エンジニアと非活用エンジニアの単価差
Findy が2026年に実施した調査(N=265名)では、AI活用率が高い(コードの50%以上をAIで生成している)エンジニアの平均月単価は、低活用層より約10万円高い水準にあることが明らかになった(出典:Findy「エンジニア市場価値とAI活用調査 2026」、N=265名)。
しかし同調査では81.9%が「AI活用により生産性が向上した」と回答している一方で、単価が実際に上昇したのは約4割のみだという結果も出ている。生産性向上と報酬上昇の間にギャップが存在している。
このギャップの正体は何か。
生産性が上がっても単価交渉ができない。単価が上がっても還元率が低い企業では手取りに反映されない。自分の市場価値を示すデータを持っていない。このような情報格差と商流の問題が、AI活用の恩恵を受けられないエンジニアを生み出している。
GitHub Copilotがもたらす生産性向上と単価交渉への応用
GitHubが4,800名を対象に行ったフィールド実験では、GitHub Copilot利用者はタスク完了速度が非利用者より55%高速化することが確認されている(出典:GitHub「The economic impact of the AI coding assistant era」)。
この55%という数字は単価交渉の材料になる。「AIツールにより納期を◯割短縮できる」という実績を数値化できれば、スキル評価の根拠として使える。問題は、多くのエンジニアがこの事実を交渉の場に持ち込んでいないことだ。
Heyday案件データで見る「スキル×単価」の実勢(2026年Q1)
抽象論ではなく、実際の数字を示す。Heydayが2026年1〜3月期に取り扱った案件の単価実績をスキル別に整理した。
スキル別・月単価レンジ(Heyday取り扱い案件、2026年Q1)
| スキル・経験 | 月単価レンジ | 需要トレンド |
|---|
| Python + LLM/ML(3年以上) | 70〜100万円 | 急拡大中 |
| PM/PMO(上流工程・5年以上) | 75〜110万円 | 継続拡大 |
| インフラ(SRE/DevOps・AWS/GCP) | 65〜90万円 | 安定拡大 |
| Java/C# + クラウド(AWS/Azure) | 60〜85万円 | 安定 |
| フロントエンド(React/Vue・3年以上) | 55〜75万円 | 横ばい〜微減 |
| COBOL/VB.NET(レガシー保守) | 45〜60万円 | 縮小傾向 |
Python + LLM/MLとPM/PMOがトップレンジを形成している。いずれも「AIを扱える人間」か「AIでは代替しにくい上流工程の担い手」という共通項がある。
AI要件含有率の変化——現場で起きていること
Heydayが取り扱う案件のうち、「AIツール活用経験」または「LLM/生成AI関連の実務経験」が要件に含まれる案件の割合を追跡している。
2025年通年: 約15%
2026年Q1(1〜3月): 約35%
1年強で2倍超の増加だ。2年前は「あれば望ましい」という記載が多かったが、2026年Q1時点では「必須要件」として明記される案件も増えている。この変化は、クライアント企業側の本気度が変わったことを意味している。
DX人材不足という市場構造
IPAが発表した「DX動向2025」によると、日本企業の85.1%でDX推進に必要な人材が不足していると回答している。この数字の裏側にあるのは、「DXができる人間への需要が急拡大しているが供給が追いついていない」という現実だ。
また、PM・コンサルタント職の求人数は過去1年で5〜7割増加している(出典:doda「エンジニア転職市場レポート 2025-2026」)。「コードを書く人間」から「AIを活用して上流で価値を出せる人間」への需要シフトは、求人数という実数でも裏付けられている。
SESエンジニアが市場価値を上げる3つの打ち手
市場価値の構造がわかれば、打ち手は明確になる。スキル・商流・情報という3要素それぞれに対して、具体的なアクションがある。
打ち手1——AIスキルを「使える」ではなく「成果で示す」レベルにする
「AIツールを知っている」と「AI活用で成果を出している」は別物だ。採用担当者とクライアント企業が求めているのは後者だ。
具体的には次のような実績の言語化が有効だ。
- 「GitHub Copilotを活用し、コードレビューの工数を週あたり◯時間削減した」
- 「LLMを使ったドキュメント自動化で、テスト仕様書作成時間を従来比60%短縮した」
- 「Cursor + Claude APIを組み合わせた開発フローを整備し、チームの速度を◯割改善した」
数値化できた成果は、単価交渉の具体的な根拠になる。「AIを使っています」という表明ではなく、「AIを使うとこれだけ変わります」という実績として提示できれば、採用側は単価を上げる理由を持てる。
AI時代にエンジニアが身につけるべきスキルの全体像については AI・エージェント時代に生き残るエンジニアのスキルセット で詳しく解説している。
打ち手2——商流を1段浅くする(年収差100〜150万円の構造的改善)
同じスキル・同じ案件・同じ工数で、商流の深さによって年収が大きく変わる。これはスキルの問題ではなく、環境の問題だ。
Heydayの案件データから実例を示す。Python 4年・AWS経験ありのエンジニアが働く場合の比較だ。
| 商流 | 月単価(エンジニアへ) | 年収(月単価×12) |
|---|
| 1次請け | 75万円 | 900万円 |
| 2次請け | 60万円 | 720万円 |
| 3次請け | 48万円 | 576万円 |
1次請けと3次請けで年収差は324万円。スキルは変えていない。変わっているのは商流だけだ。
では、「1次請け比率が高いSES企業」をどうやって見抜くか。確認すべき3点を挙げる。
確認ポイント1: 「エンドとの直接取引率はどのくらいですか」という質問に数字で答えてもらえるか。
答えを持っている企業は把握・管理をしている。「ほとんどがエンド直です」という曖昧な回答は信用しにくい。
確認ポイント2: 稼働前に案件の何次請けかを教えてもらえるか。
商流の深さを開示できる企業は、情報を隠すことで有利な立場を維持しようとしていない。
確認ポイント3: 案件例・単価レンジを実数で公開しているか。
数字を出せる企業は、数字に自信がある。出せない企業は、出すと不利になると判断している可能性が高い。
商流と中抜き構造の詳細は SES「中抜き」の正体|相談者の3割が40%以上抜かれた実態を金額分解 で解説している。
打ち手3——自分の単価と還元率を「知る」(情報格差の解消)
市場価値を上げる3つ目の打ち手は、情報を持つことだ。自分の単価を知らないエンジニアは、交渉のテーブルに座ることすらできない。
同じ月単価60万円でも、還元率によって手取りは大きく変わる。
| 還元率 | 月単価60万円の場合の月給 | 年収(×12) |
|---|
| 75%還元 | 45万円 | 540万円 |
| 83%還元 | 50万円 | 600万円 |
| 92%還元 | 55万円 | 660万円 |
還元率50%と75%の差は年間180万円だ。この差を「仕方ない」と思って働いているエンジニアが、転職相談の場でこの事実を初めて知るケースを繰り返し見てきた。
単価を開示しない会社では、この計算を自分でできない。だからこそ「単価を聞いたら教えてもらえるか」は、SES企業を選ぶ際の最重要チェックポイントだ。
単価が開示されない状況への対処法については SES会社が単価を教えてくれない理由と対処法 を参照してほしい。
AI時代に評価が上がるスキルとHeydayが見てきた案件要件の変化
「コードを書く量が減る」のではない。「コードの責任範囲が上がる」のだ。
AIがコーディングの速度を上げることで、エンジニアには「より多くのコードを書くこと」ではなく「AI生成コードの品質を担保すること」「設計判断の質を上げること」「要件定義に踏み込むこと」が求められるようになっている。
AI時代に高く評価されるスキルの構造
Heydayが案件要件を分析する中で見えてきた傾向を整理する。
需要が上がっているスキル・役割
-
コミュニケーション・要件定義(上流工程全般)
- AI生成物の品質を最終的に担保できる人間が必要
- クライアントの「何を作りたいか」を引き出す力が稀少になっている
-
プロンプト設計・AI出力の品質管理
- 「LLMに正しい指示を出せる」能力と「出力を批判的に検証できる」能力
- 単なるツール操作ではなく、エンジニアリング判断との統合が求められる
-
システム設計・アーキテクチャ判断
- AIが書いたコードを正しく統合するための設計力
- 「AI前提のシステム設計」ができるエンジニアの需要は急拡大している
需要が下がっているスキル・役割
- 定型的なCRUD実装・単純な画面開発
- マニュアル通りの設定・構築作業(AIで自動化されやすい領域)
- 仕様書通りのコーディングのみを担う実装専任の役割
若手エンジニアに生まれているチャンス
興味深い観察がある。「若手エンジニアほどAI活用に習熟しやすく、シニアとの差が縮まる」という現象だ。
経験10年のシニアエンジニアがAI活用に抵抗を示す一方、経験2〜3年の若手がCopilot・Cursor・Claude APIを積極的に組み合わせて高い生産性を出すケースが増えている。Heydayの案件でも、AI活用を武器にした若手エンジニアが、従来では到達できなかった単価レンジの案件に入るケースが出てきた。
これはシニアに不利だという話ではない。「AI×上流工程経験」という組み合わせを持つシニアの価値は逆に高まっている。AI時代のキャリア戦略については AI・エージェント時代のエンジニアキャリア戦略 と 若手エンジニアのAI時代サバイバル戦略 に詳しく書いている。
Heyday案件でのAI要件含有率の変化(再掲)
繰り返しになるが、Heydayが取り扱う案件でAI活用経験が要件に含まれる割合は、2025年15%から2026年Q1に35%へ増加している。この数字は「採用市場の本音」だ。「AIに興味がある」という動機付けレベルから、「AIを使って現場で成果を出せるか」という実力評価へと要求水準が上がっている。
自分の市場価値を数値で知ることから始める
「市場価値を上げたい」と思ったとき、多くのエンジニアは「どのスキルを伸ばすか」から考え始める。それは正しい。しかし、考える前に「自分が今どこにいるか」を数値で把握していないと、伸ばすべき方向も、どれだけ伸ばすべきかも判断できない。
私が転職相談でまず聞くことは「今の月単価はいくらか知っていますか」だ。知っている人は少ない。知らない人は「相場観」を持てていない。相場観がなければ、交渉できないし、環境を変えるべきかどうかも判断できない。
市場価値を数値で把握するために知るべき3点
-
自分のスキルに対する市場単価レンジ
「Python 5年・AWS経験ありで、一次請け案件では月70〜90万円が相場」といった基準点を持つこと
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今いる環境での還元率
自分の稼働ベース単価と月給の比率。計算できない場合は稼働ベース単価を聞くことから始める
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商流の深さ
今の案件は何次請けか。1次請け比率の高い企業に移るだけで年収が変わる可能性がある
Heydayの診断ツールでは、スキル・経験・希望条件を入力することで、市場単価レンジ・自分の強み・伸ばすべきスキル・マッチする案件を確認できる。転職を考えていなくても、「自分が今いくらの価値か」を把握するための基点として使ってほしい。
市場価値は頭の中で考えるより、具体的な数字を見た方が動ける。まず自分のスコアを確認することを、市場価値向上の第一歩にしてほしい。
市場価値を上げる3つの打ち手——「AIスキルを成果で示す」「商流を1段浅くする」「自分の単価と還元率を知る」——のうち、多くのエンジニアが実行できているのはスキルアップだけだ。残りの2つは今日から動ける。まず自分の月単価と還元率を確認し、それを数値で把握することが、次のアクションの起点になる。
よくある質問(FAQ)
Q. スキルを磨いているのに年収が上がらないのはなぜですか?
A. 最も多い原因は「商流の深さ」と「情報の非対称性」の組み合わせだ。3次請けの環境でいくらスキルを磨いても、エンドクライアントへの還元の前に複数の中間マージンが取られる。また、単価が上がっても所属企業が給与に反映しないケースも存在する。スキルアップと並行して「今の稼働ベース単価」「商流の深さ」「還元率」を確認することが、年収が上がらない原因の診断として有効だ。
Q. AI活用スキルはどこから始めればいいですか?
A. 最も投資対効果が高いのは「GitHub CopilotまたはCursorを業務で使い、生産性への影響を数値で記録すること」だ。「試してみた」という段階から「業務でこれだけの成果が出た」という実績化のフェーズへ進むことが重要だ。採用側が評価するのは「AIツールを知っている」ではなく「AIツールで成果を出した実績がある」という違いを意識してほしい。プロンプト設計の学習リソースは充実しているが、現場での実績化なしに単価交渉には使えない。
Q. 一次請けの案件が多いSES企業を探すにはどうすればいいですか?
A. 面談・面接の場で「御社のエンド直取引・一次請け案件の比率はどのくらいですか」と数字で聞くことが最も直接的だ。比率を把握していない企業は管理していない可能性が高い。次に「案件例」として公開している情報を確認する。エンド直・一次請けの案件比率が高い企業は、それを強みとして訴求していることが多い。また、単価を開示しているか・稼働前に商流を説明するかという透明性の姿勢も重要な判断軸になる。
Q. 同じスキルでもなぜ年収に100万円以上の差が出るのですか?
A. 主に3つの要因が重なる。まず商流の深さ——3次請けと1次請けでは同じ単価でも手取りが月10〜20万円変わり、年換算で120〜240万円差になる。次に還元率——同じ稼働ベース単価でも還元率が50%と75%では年収差が180万円になる(月60万円の場合)。最後に単価交渉力——市場単価を知っていて交渉できる人と、知らずに提示された額を受け入れる人では、スキルが同じでも結果が変わる。この3つは全て「情報と環境の差」であり、スキルの差ではない。
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